二名の自衛隊隊員がロシアでスホーイ27(フランカー)の試乗を行ったとのこと.昨日書いたように,軍事には全く興味ないし知識もないのですが,ただ時代の変化には驚かされ続けています.
ソ連を悪く描いたという理由で「2010」や「ロッキー4」が上映禁止になったのは遠い昔の話ですが,その当時の印象があまりにも強いため,今のロシアで上映されているタイトルにはやはり驚かされています.まさかロシアで「スターシップ・トゥルーパーズ」が上映されることになるとは(^^;).ハインライン全集まで出版されてますからね(!).
しかし,何かあるたびにイチイチ驚いているというのは,自分が今になってなお旧体制世界の価値観を引きずってしまっているという証拠ですね.未だにロシアを「元ソ連」という観点で捉えている部分があるというわけです.我ながら非常に情けない話です.
当のロシア人よりも,日本人のほうが変化を受け入れる柔軟性に乏しくなっているという変な話でした.
この世に全くわからないものは沢山あるが、その代表的なものが「経済」だ。社会主義経済学には興味があったので少しかじったのだが、ほとんど理解できなかった。したがって、現在話題になっている「ビッグバン」や「金融政策」といったキーワードがよく理解できていない。理解したいという気はある。新聞や週刊誌などで何かと記事になっているため、その度に読んではいる。だが、その時はわかったつもりになっているだけで、後で考えてみると、ほとんど理解できていないことに気がついて愕然とする。
昨日、TVでビッグバン関係の番組が放送されていたが、奥さんは面白そうに観ていたものの、私には何がポイントになっているのかすらわからなかった。経済を理解できたら面白いのだろうとは思う。興味もある。時々、思い出したように入門書を買って読んでいるのだが、ここまで理解できないとなると全くセンスが無いのかもしれない。
経済の他に全くわからない分野といえば「軍事」だが、これは特に必要性も感じないし、面白そうだとも思わないからどうでもいい。
今月のSFオンラインは特集が大学SF研.思い返してみれば,物理を学ぶという名目で大学に入っておきながら,実際にはSF研に入学したようなものだった(^^;).件の特集には全国のSF研リストが掲載されていたが,自分のいたところもちゃんと入っていたので安心した.ただ,休会なのか活動中なのか,未確認なのだそうで・・・
STAR TREK : The Next Generationの最終回"All Good Things"を初めて観た。今だったらDeep Space nineかVoyagerの話をするべきなのだろうが、STAR TREKを見始めた時期が遅かったため、今頃になって、である。ネタバレは書かないが、このシリーズは何だったのかを総括するような内容で感慨深かった。
で、本題はここから。この最終回にTasha Yar(ターシャ・ヤー)というキャラクターが出ていた。シリーズ開始の頃、レギュラーだったのだが、すぐに劇中で殺されてしまったキャラである。このヤー大尉を演じるDenise Crosby(デニース・クロスビー:ビング・クロスビーの孫)はショートカットの美人で、はっきり言って好みのタイプだ。どうも昔からショートカットの女の人には弱く、クラクラしてしまうのだが、最近では何かとショートの人が増えてくれたおかげで・・・
という話はともかく、この"Tasha"という名前そのものについての話である。スタートレック関係の本では、"Tasha"の後にカッコ付きで"Natasha"(ナターシャ)と書かれていたり、そのままズバリ"Natasha Yar"と紹介されていることがある。これがどうも気になって仕方がないのだ。
確かにアメリカでは"Tasha"は"Natasha"の略称なのかもしれない。しかし設定によるとヤー大尉はウクライナ人となっているため、話がおかしくなってくる。ウクライナ人の名前だとした場合、"Natasha"は正式な名前ではなく、あくまでも"Nataliya"(ナターリヤ)の愛称なのである。また、"Tasha"も同様に"Nataliya"の愛称である。つまり、ウクライナ人という設定のうえで正確な名前を書くのだとしたら"Natasha"ではなく、"Nataliya"になるはずなのだ。ヤー大尉の例は、単に愛称を言い換えているだけで、正式な名前はどこにも書かれてないという変な話になってしまっている。
というわけで、ヤー大尉が出てくる度に、こんなことが気になっていたのである。これってやっぱりマニアのこだわり?
エイジ・オブ・エンパイア(マイクロソフト)の試用版をダウンロードして遊んでみた。これはハマる。ポビュラスとシビライゼーション、パワーモンガーを合わせて3をかけたような雰囲気で、コンセプト的な目新しさは無いが、よく考えられたゲームである。
この開発をMSがやっているのかどうかはわからないが、結果的にはMSのお家芸でもある後発でありながら既存製品群の利点を抽出・欠点を克服して集大成的な製品を作ってかっさらう作戦に準じている。
MSの悪口はともかく、そして他の製品の出来具合はともかくとして、このゲームは良くできている。ゲームはある村から始まる。神のような立場から命令を出し、建築、開発、食料の確保、人口の増加、兵隊の訓練などを行い、敵対勢力を制圧することが目的である。やらなければならないことは多い。また、政治的な駆け引きも重要だ。必死で兵隊を揃えてみたら、遙かに近代的な装備の敵国兵が目の前を通過したということもあった。これなどは思い出しただけでもゲッソリしてしまう。
このゲームがなぜハマるのか考えてみると、(1)やることが次々に出てくるためゲーム中は暇にならない、(2)単調な繰り返し作業にならない、(3)かといって慌ただしくない、(4)反射神経はいらない、(5)適度に頭を使う、からだろう。
最近はPCでゲームをする機会が無かったのだが、コイツはインストールしようと思う。
「'80 ALIVE〜RED〜」(SONY)というCDを奥さんから借りて聞く。最近流行のベスト復刻モノである。ユアロップのザ・ファイナル・カウントダウンとか、クワイエット・ライオットのカモン・フィール・ザ・ノイズ、ケニー・ロギンスのフットルースなど、非常に懐かしい曲が入っていて楽しめた。
その中で最も泣けたのがネーナの「ロックバルーンは99」だ。日本やアメリカでは完璧な一発屋として終わってしまったが、ヴォーカルのカブリエル・ケルナーがかわいかったし、歌う声が凄く色っぽくて好きだったのだ。この曲が流行った当時はまだ大学生で、ドイツ語の歌詞が全く聞き取れず、何を言っているんだかさっぱりわからなかった。今でもわからないことに変わりはないのだが、少しは識別できるようになっているのが年の功というヤツだろう。
そのネーナの曲なのだが、歌詞カードを読んでいたら「99機の戦闘機、戦士が乗って攻撃する。カーク船長のように」という一節を見つけた。掲載されていた日本語訳詞のほうでは、訳者が知らなかったらしく、「キルク気取りで」となっていた。今になって読むことがなければ一生気がつかなかっただろうなーと思うと少し得をした気分になった。と言うほどまでには大した事でもないのだが、ホンの少しということで。
このネーナだが、ドイツではずっと活躍している。興味のある人はネーナのサイトへどうぞ。一部の曲が視聴できる。相変わらず歌い声は色っぽい。ロックバルーンのとき23才だったネーナも今年で38才になる。
一年ぶりにストルガツキー兄弟のページを更新。いやー、ものぐさ者って嫌ですね。変更点はリンクと文章の追加です。
007の新作を観る。悪役が小粒で少し拍子抜けした。今や軍事的には欧米vsアジアという構図になり、世界共通の敵はマードックとかビル・ゲイツなっちゃったんですね。作中で「バグのあるソフトを出荷して買い直し需要を狙います」なんていう台詞があったりして、そこだけは大笑いできた。
CSのスーパーチャンネルで「ミステリーゾーン」の放映開始。脚本の質が高い。そういえばアイデア一発の短編をあまり見かけなくなって久しいような。。。
今日の夕食はせっかくだから焼きビーフンにした。伝説のカルトゲーム「デスクリムゾン」の主人公コンバット越前の好物である。これってマニアのこだわり?
何ということだ。全日ドーム大会で予定されていた「田上vs.北尾」のカードが無くなっている。最も期待していた試合だったのに。そのほかにもWWFからの参戦がベイダーだけになったことや、元キングダムの二名が日本人レスラーと対戦しないことなど、少し不満が残るカード編成になってしまった。
さらに、秋山の相手が馳になっているが、絶対に垣原とやってほしかった。もともと全日ファンで、しかもU系があまり好きではない私にとって、大舞台で王道プロレスの強さを見せつけるような試合は涙が出るほどのものになっただろうに。U系のグラウンド技術が脆いことは、Uインターvs.長州などの例から明らかである。先日行われたタッグマッチでも秋山が一方的に垣原をねじ伏せていた。
U系が嫌いだった理由は、彼らが宣伝または扇動によって既存のスタイルよりも優位な位置を占めようとしながら、その道具である言葉の使い方があまりにも杜撰すぎたという点につきる。アジテーションを行うこと自体に問題はないのだが、内容が酷すぎたのだ。
U系の団体が一時期盛んに宣伝していた「最強の格闘スタイル」という言い方は、宣伝としてある程度有効なものであることは認める。だが、言葉としては邪道である。方法論に最強も何もあるわけがない。言葉を置き換えてみればすぐにわかる。たとえば「最も面白い文学ジャンル」、「最も頭が良くなるテーブルゲーム」など、おかしな文がいくらでも作れてしまうのだ。
誤解の無いように書いておくが、決してU系のファイトスタイルが嫌いなのではない。おかしな教条を振り回す態度が嫌いなのだ。
所用のため、月・火曜日と和歌山に行ってきた。新大阪から和歌山への特急が絶望的に少ないことを除けば1時間で行けてしまうとは遠そうで近い。観光で行ったわけでもないので、和歌山駅の周辺を少し歩いただけだったが、たまたま入った店で飲んだ地ビールは美味しかったし、連れて行かれた中華そば屋を良い店だった。
で、面白かったのは、とある所で支払いをし、もらった釣り銭の中に稲穂の百円玉が混ざっていたことだ。百円札、稲穂玉、桜玉が混ざって使われていたのを覚えているが、稲穂玉は圧倒的に少なかったような気がする。まだ流通しているとは意外だ。自動販売機が受け付けるとは思えないから、手渡しでここまで来たということになる。
コレクターの人に話を聞くと、まさかと思うような物でも「根気よく探せば見つかる」と言うが、その根拠がわかったような気がした。
知り合いの葬儀に参列。まだ若く、訃報とは無縁の存在としか思っていなかったため、聞いたときには絶句してしまった。
葬儀から帰ってみたら家から締め出されてしまっていた。葬儀の場所が近くにあり、すぐに帰ってくることがわかっていたため、鍵を持たずに出たのだ。礼服姿の男が玄関の前でウロウロする様は怪しい限りなので、近所をウロつくことになった。黒いネクタイの人が一人、昼下がりの喫茶店で本を読んでいるというのもおかしいかと思い、2時間ほど意味も無く歩き回るしかなかった(^^;)。
というわけで、今日は身も心も寒い一日だった。
あわわ。。。おマヌーなことに昨日アップロードした会報で紹介した「虚数」の書誌データを入れ忘れていた。修正修正。
同じく昨日、虚数とGOLEM XIVのポーランド語版およびロシア語版を参照しようと本棚の中をかき回したら部屋中にほこりが充満した。古い本って、ほこりを吸収するんだよねー。吸収するという言い方は適切ではないけど、感覚的にこれが一番近い。で、その結果はクシャミと鼻水、喉の痛みとなって現れた。あー、しんどい。
今日はお客様の訪問。普段散らかしっぱなしにしているため、一家総出で一日中片づけと掃除。まだまだ体調が本調子に戻っていないため、これだけのことでも疲れてしまった。おかげで接客の最中に無性に眠くなり、一時間ほど席を外して寝てしまった(^^;)。あははは。こうなったら笑うしかあるまい。。。
良い日付ですね。(^^)
会報の次号予定は未定のままですが、いろいろとネタはあるのに更新しないというのもすっきりしないので27.5号を公開しました。「月刊」の名に恥じることなく、3号から27号まで休むことなく出し続けてきたのですが、ここにきて2月をブッチしてしまいました。合計25ヶ月間の連続発行記録ということになるので、再び月刊ペースに戻して連続発行記録を更新しようと思ったら、今世紀中は休まない覚悟でやらねばなりませんね。(^^)
相変わらず体調が悪い。医者に行ったら一言「疲れてますね」。手足の冷えや気持ちが悪くなっていたのは血圧の急激な低下によるらしい。結局、栄養剤の注射を打たれた。頭痛はかなり良くなったが、ダルさがおさまらない。
たいへんなことになっている。木曜日に体調が最悪になり、今日にいたるまで回復してくれない。火曜日くらいから調子が悪かったのだが、木曜日の昼頃から急激に悪化した。夕方には猛烈に悪くなったため自宅に帰ってすぐに寝たのだが、寒さですぐに目覚めてしまった。なぜだか手足が異様に冷たくなり、体温も信じられないくらいに下がっていた。震えが止まらない。暖房を最強にし、電気毛布にくるまって何とか難を逃れた。
だが、次の日も体調は最悪。昼に24時間ぶりの食事として、うどんを食べてみたのだが、すぐに気持ちが悪くなって寝てしまった。体力が落ちているらしい。また、頭痛が止まらない。そのまま夜まで寝た後、再び食事。頭痛が全く止まらないためにすぐに寝た。
そして今日、頭痛が止まらない。また、体調は悪いまま、そして木曜日の昼以来栄養をとっていないため、すぐにダルくなってしまう。仕方が無いので頭痛薬を飲むことにする。月曜になったら医者に行かねば。
アンギャーッ!会報がアップデートできないっ!正直第一で更新してきたのに。。。レムの「虚数」が出版されたなど、いろいろと書くことはあるのに。。。いつ作れるのか、わからないッス。できる限り早くやります。
枕が替わると眠れない性分なので今日は寝不足。高島屋の枕工房というところで姿勢を計ってもらい、素材をいくつか試したうえで購入したビーズ入りの低めで固めの枕である。姿勢にあっているので安眠できるはずなのだが、やはり慣れるまでには時間がかかりそう。損な性分ッス。
「タバスコあられ」という唐辛子マニアにとっては垂涎もののお菓子を見つけたので買ってみた。カラムーチョにタバスコをかけて食べるのが好きという私にとって福音かと思われたのだが。。。。結果はというと、、、全くの期待はずれ(T_T)。タバスコ味があまりにも薄くつけてあるので、実際には匂いがするだけでほとんど味が無い。したがって、普通の醤油味よりも甘いお菓子に仕上がっている。残念。。。
最近、他人のデスクトップが気になる。Win95ならばタスクバーの位置、普段は隠れているのか/いないのか、デスクトップに置かれたアイコンの配置や数、ウィンドウの配色など、見ていて面白い。デスクトップのアイコンで言えば、初めから張り付いているもの以外のアイコンが無い人から、画面中にアイコンが氾濫している人までさまざまである。また、ショートカットしか置かない人もいれば、データファイルやフォルダでいっぱいになっている人もいる。手相や顔相占いなどは全く信じないが、デスクトップからはオーナーのある一面が見えそうな気がしてしまう。
実のところ、私は身のまわりの片づけがまったくできない性分で、実生活では散らかすだけなのだが、デスクトップに関しては自分でいうのも何だが、かなり神経質に整えている。余計なアイコンは置かず、左側に最小限のものをぴったり一列、機能の種類ごとに並べている。もし、それ以上増えるときには何かを消しているのだ。それをもって自分のことを神経質だなどとは言わないが、意外な一面の発見である。それで思い出したが、昔から物が捨てられない性分でもあり、そのために物があふれてしまうのだが、ファイルとなると全く逆で不必要なものは徹底的に消してまわる。この点に関しては、実生活とPCの中とでは完全に逆転している。
Win95の画面に奇麗も汚いも無いのだが、一度だけ「汚い!」と思ってしまったデスクトップがある。一面にショートカットやフォルダが無秩序に散乱し、すべてのユーザデータが(マイコンピュータからではなく)デスクトップ上のフォルダアイコンから辿れるのだ。エクスプローラを使うとか、マイコンピュータを開くという発想が無い、というか思考に合わないのだろう。したがって、何か作業をするときにはデスクトップがウィンドウだらけになる。もともとデスクトップはアイコンで埋まっているような状態なので、その様を見ているだけで目がチカチカした。しかし、本人にとってはそれが最もしっくりと収まる整理法なのだから面白い。
以上をまとめると、デスクトップは各個人なりの「使いやすさ」という概念(の一部)を人に見せてくれる窓である、という結論になのだが、マジかこれ?(^^;
最近、朝日新聞の品質が落ち続けている。天声人語を筆頭として読むに値しない文章が掲載される確率が高くなっている。個人的にこの確率のことを「怪文章率」を呼んでいるが、朝日の怪文章率は五年前とくらべて十倍近くまでになっているのではないだろうか。凄い話では、読書欄で「わたべしょういち」*1の本が推薦されていたこともあった。こうなると3Kと区別がつきませんね。
で、その読書欄なのだが、本日の同欄には再び驚かされた。とある売れっ子大学教授*2の文章が凄い!。なんと、中川8洋*3の本が推薦されている!朝日新聞のホームページに今週掲載されるので、チェックされたし。売れっ子だからといって安直に原稿頼むのも考え物だと思うのだが…。こういう本を紹介しちゃう人だとわかっていたはずなんだし…。最近、そういうのが多いような気もする。
*1 全文サーチ対策のためひらがな
*2 全文サーチ対策のため匿名
*3 全文サーチ対策のため一部記号化
昨日、「自殺者」のことを書いてアップしたら、その数時間後に自殺した人の事が大きく報道された。誰のことかはわかりますね。全文サーチで引っかかるのも癪なので名前は書きません。実は、2/18の項にその人のことを少し書いたのだが、ニュースを見てすぐにブロック削除した。
人はそう簡単に死ぬものでもないし、死を選ぶ人それぞれに理由はあるだろう。今回の事件でも、その人なりの事情はあったのだろう。実際にどんな事情なのかはわからないし、まだ何も解明はされていないので、この件に対する意見は無い。だが、感想を述べることは可能だろう。はっきり言って卑怯なやり方だと思う。以上。
やけに怖い記事が今朝の新聞に載っていた。曰く『「国民全員に住民票番号」自治省、法改正案の骨子発表』(朝日新聞)なのだそうだ。利便性と円滑化が目的とのことなのだが、「はい、そうですか」と納得できる問題ではない。プライバシー保護には気を配るというが、お国の対応など、とても信用できない。自分の情報がDBに入れられるのは、今の情報処理システムを考えればやむをえない部分もある。だが、日本国内どこでも通用するというシステマチックかつユニークなインデックスを割り振られるのは絶対に嫌だ。運転免許だってそうじゃないか、と言われそうだが、運転免許は国民全員が持っているわけでもないし、運転免許から住所はわかっても、それ以上の情報はわからない(はずだ)。今回の話は、それを遙かに上回る規模で全国民に適用しようとしているのだから気味が悪い。
国民総背番号制は何かのたびに繰り返されているような気がする。よほどお国にとって何か嬉しい効用でもあるのだろう。もし、何かの効用があるのだとしても、それはお国にとってのみの効用であって、一般人には何の恩恵も無いだろうことは他の制度を見れば明らかである。これはなおさら反対である。
そもそも、お役所関係が使う「利便性と円滑化」というお題目は、果たして誰のための利便性なのか、何を円滑化するのか、全くもってはっきりしない。郵便番号7桁化もそうである。郵便の偉い人が「7桁書かないと郵便の配達が遅くなる可能性がある」と発言したそうだ。これはかなりの問題発言だと思うのだが、どうだろうか。
幻冬舎アウトロー文庫は非常に良いラインナップだと思う。「真剣師 小池重明」や「伝説の雀鬼」、団鬼六の作品、犯罪ルポなど、気が付いたらかなりの割合で買ってしまっている。
そのアウトロー文庫の、「自殺者」(若一光司)を読んだ。実在した118名が自殺にいたったまでの経緯を紹介した本で、読後のダメージは大きいが、非常に良い本だと思った。
だが、少し腑に落ちないことがある。なぜ「アウトロー」と銘打つシリーズに入っているのかという点だ。アウトローはもちろん「無法者」「世ののけもの」という意味で、いわゆる裏の世界に生きる人々のことだ。本書で紹介されている人々の中には、犯罪者やいわゆる裏側の人も確かにいる。だが、止むに止まれぬ事情や信条のための自殺者もいる。決して裏側にいた人々ばかりというわけではない。シリーズの名前がこういった人々に対し、非常に失礼なことをしているような気がする。本書をこのラインナップに入れた担当者は、自殺者は例外なく世の裏側の人間だと思っているのだろうか。
また、同シリーズとして出版されている「Coming OUT!」(笹野みちる)を読んだ時にも同じようなことを感じた。同書は、著者がレズビアンとしてカミングアウトする心境を語ったものだ。決してふざけているわけでも、エロチックなことを書いているわけでもない真剣な本だ。同じく担当者は同性愛者を裏側の人間だと見なしているのだろうか。
文庫新刊の平積み棚に行くと「宝石泥棒」という文字が見えた。おっ!山田正紀の名作が再び文庫で!と思ったら、斉藤栄と書いてあった(^^;)。だからどうしたと言われると困るが、少し驚いてしまった話ということで。
アサヒネットのアクセスカウンタが壊れたままになっいるらしい。トップページ「過牛地帯」にカウンタの残骸が残ってしまって非常に見苦しい。いつ直るかと様子を見ていたが、その気配もない。隠しカウンタを入れていても滅多に見ない(それで気が付くのに時間がかかったわけだが)ため、取ってしまうことにする。このアクセスカウンタはプロバイダがユーザー用に用意してくれているものだ。見もしないのにせっかくだから(引用元デスクリムゾン)使っているというのは、貧乏根性以外の何ものでもない(^^;)。
せっかくだから、この「せっかくだから」について書いておこう。デスクリムゾンというサターン用のカルトゲーム(別名:クソゲー)がある。このゲームが凄いのは、あまりにクソすぎるがゆえにゲーム制作者の意図を離れ、全く別の楽しみ方ができてしまう点である(あ、トンデモ本の定義と同じだ)。そのような凄い(救いがたい?)作品であるがゆえ、いつの間にやらデスクリムゾンを「楽しんでしまう」ページが増え、リンク集までできてしまっているのだ。
問題のせっかくだからはデスクリムゾンの中で最も有名なフレーズである。リンク集からページをたどると、ページ制作者が何かと使っているのがわかるだろう。言葉の由来については長くなるので書かないが、リンク集にある大抵のページで読むことができる。で、そんな文章ばかり読んでいると、自分の文章中にわざわざ「せっかくだから」を紛れ込ませ、ニヤリと笑って悦に入るような「濃い人」になっている自分を発見することになる(^^;)。
セガのHP内にあるサターンBBSには、デスクリムゾン・ファンが毎日何かを書き込みして遊び回っている。すでに「デス様」という名称で定番の話題になっているようだ。もともと組み込み用RISC市場にとって大きな話題となる新世代機関係のニュースが無いかと見に行って発見したのだが、その副産物が「せっかくだから」というもの凄い話だ。
悪のりしすぎかもしれないが、全く見向きもされないゲームがたくさんあることを思えば、まだマシだろう。
ロシアのニュースグループを読むために新しいニュースリーダの設定。実は今まで評判の悪いマイクロソフト社製"Internet Mail&News"を使っていた。フォントの設定がネットスケープのリーダよりも便利だという理由だ。だが、読むだけに飽きて投稿もしたくなると、マイクロソフト製のものは投稿の際に問題になるため、まともなリーダに置き換える必要に迫られたのだ。実際、設定してみたら今までよりも便利になった。ちゃんとロシア語も表示できている。良かった良かった。
しかし、たとえリーダを置き換えようとも日本のニュースグループとロシアのニュースグループを同じリーダで同時に読めないことに変わりはない。Windowsの仕様上の問題だから、これ以上はどうしようもない。結局、二つのリーダを入れることにした。ニュースグループによってわざわざフォント設定を変えるのと二つのソフトを別に起動して使うのとで、どちらが楽かというとディスクの容量さえ余っていれば答は明白である。操作感の違いを楽しめるという理由で、日本語ニュース用とロシア語ニュース用で別のソフトにしてみた。
ワープロなどのマルチフォント環境を除き、現状でWindowsは英語+他言語一種類という仕様になっている。英語以外の二か国語は共存できない。技術的に大変なことはわかる。だが、結果的に「仕様作成者の言語=スタンダード、他国の言語=オプション」という考え方になってしまっている事実は動かしがたい。これはやはり不愉快である。
十四〜十五日の二日間、ディナークルーズに行ってきた。東京港から客船「飛鳥」に乗り翌日再び東京港に戻るという航海なので、少し遠くに出て一晩停泊して戻ってきても一向に構わないようなものなのだが、律義にも一晩中モーターが回っていた。
ここで書きたいのはクルーズとかディナーの話ではなく、船内で観た映画「エイリアン4」についてである。この映画の特徴はヨーロッパ映画の構図と演出で作られている点だろうと思う。たぶん、それを受け入れられるか否かで、この映画に対する評価が賛否分かれると思うが、私は気に入った。1や2には及ばないものの、良い出来の作品だと思う。細かいことを言えば話はいささか安直な一発ネタだし、ガチョーンな点も多い(ネタバレになるため詳しい話は無しということで)。また、最後に出てくる隠れキャラなどはガチョーンどころか反則だと思うのだが、こういった掟破りは今に始まったことでもない。エイリアンシリーズ(3を除く)の特徴といえば、ガチョーンと反則と掟破り、そしてこれらの欠点を補って余りある迫力とサスペンスにあるのだから、これで良い。また、ちゃんと「伝統の」真空ネタで話を終わらせてくれるところも嬉しかった。
しかし、本作品の最大の見所は、やはりウィノナ・ライダーのちっこさとブーツの踵でしょう(^^;)。
やっとのことで話題騒然の「禁談」(集英社)を読むことができた。前田日明と長州力の対談というだけでもかなり恐い話である。本書は対談の内容よりも、週刊プレイボーイの記者がこういう恐いシチュエーションをセッティングするまでの経緯が面白かった。本人も生きた心地はしていなかったようだが、こういう恐い状況を用意する度胸に感心してしまった。長州だけにとどまらず、猪木まで引っ張り出すに及んで、新日本プロレス永島部長の「お前らよくやるよな」という一言が効いている。
なんと、年号の上では二年ぶりに「パソコンでロシア語を使う方法」を更新!それだけ書くべき技術革新が無かったということなんですけどね。。。
個人ページのトップを更新。「蝸牛地帯」のほうは飾りとかグラフィックスを極力無くし、「速度は速く・中身は濃く」で作ってきたため、いざ自分のページを飾ろうと思っても、なかなかしっくりきてくれないッス。
何でも寅年は「変化の年」だそうである。 知り合いの占い師先生によると、その変化というのが2月12日に来るのだそうだ。この日のうちに何か新しいことを始める決心をする・計画をつくることで今後12年間続くらしい。申し訳ないけれど占いは信じていないので特に何かをするつもりはない。それとも、ヘタに12年も続かれてしまうと面倒だからしたくないだけなのかもしれない。。。
今日は奥さんの誕生日ということもあり、出かけて一緒に食事。とはいっても天下一品のラーメンだったが。わざわざ着飾ってレストランに行く柄ではないから、これくらいがちょうど良い。帰りがけに古本屋に寄ると「チェルノブイリからの脱出(徳間文庫、ケネス・ロイス著、深見弾訳)」を見つけたので購入。すでに持っているのだが、深見さん最後の翻訳本が半額以下で売られているのが嫌だったのだ。「訳者あとがき」に書かれている日付は1991年11月。この次の仕事に取り掛かったきり、ついに完成することはなかったのだ。
パーフェクTVでヒッチコック特集。かぶりつき状態。
以前のことなのですが、雑文や読書感想文をページに書いてみたことがあります。たとえば、下のような感じですね。
一、二、三……1997年3月まで続けて挫折した読書感想文です。恥だ。。。
まぁ、何をするにしろコンセプトを決めてしまうと、そのうち更新が重荷になってきて挫折してしまうため、三度目の正直こそは何も決めずに好きなことを書くことにします。したがって、定期更新もしませんので、あしからず。
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