昔の独り言……(10)


2/26(金)

 SFマガジン4月号「SFファンのためのインターネット・ガイド」で,表ページのことを紹介してもらえている.ありがたやありがたや.感謝の意を込め,これからは,紹介していただいた大森さんがお住まいになっている葛西に向い,日に五回お祈りをすることにしよう.♪ Sirata allatheena anAAamta AAalayhim ghayri almaghdoobi AAalayhim wala alddalleena…(←バチ当たり).

 ところで,そのコーランだが,実を言うと私は結構好きだ.とはいっても,内容そのものに関してではなく(岩波文庫版の上巻を途中で投げ出した),詠唱のほうである.独特のメロディと響きが良い.
 少し微妙な話になるが,私は宗教的なものに対する嫌悪を常日頃から強く感じている.そして,コーランなどは,ある意味でイスラム教の本質そのものだ.だが,宗教が(良かれ悪しかれ)文学,美術,音楽などに与えてきた影響を否定するつもりはないし,詠唱が魅力的であることは素直に認める.これはコーランに限らず,ゴスペルや読経に対しても同じ事が言える.
 だいたい宗教の儀式など,そもそもが信者を勧誘する,もしくは信者の信仰心を強くさせるための装置だ.したがって,参加する者や観ている者を感動させるよう意図のもとに作られている.しかも歴史の古い宗教では,長い時間をかけて形式を磨き上げているので芸術性も完成度も高い.魅力を感じてしまうのも当然のことだろう.
 ちょっと話はそれるが,軍隊系なども似たようなしくみを採用している.格好良いと思わせるように服や様式を作り,格好良いと思わせる→心酔させる→仲間に加える(支持させる)というシナリオだ.まぁ,歴史的に宗教と国家と軍隊は密なる関係のものだったわけだし.とはいっても,宗教とは違い,私は軍隊の様式に対して美も感動も全く感じないが.
 で,話を戻すと,そのコーランの詠唱だが,ありがたいことにインターネットで聞くことができる.興味のある方は,RealAudioを用意してISLAMIC AUDIOSにアクセスされたし.ただし,さすがに世界中に信者がいるだけのこともあり,いつも混んでいる(^^;)ので注意が必要だ.

 話をさらにずーっと戻し,ちょっとずらしてページの件だが,表ページがリンクされたり,紹介された例は少なからず知っている.だが,このページがリンクされた例は珍しい.人から聞いて知ったのだが,「厳選! SF つながり」からリンクしていただいている.こちらもありがたいことである.ただ,このリンクでは更新日時がわかってしまうため,恥ずかしい思いをしないためにもキチンと更新せねばと思うこの頃である.


2/24(水)

 コソボ問題で空爆開始かと海外ニュースチャネルにかじりついていたが、ひとまず回避されて何より。ここ数週間、ロシアのニュースサイトを見ていても、その問題で持ちきりだったのだ。
 何にしろ、ぶっ放すようなマネだけはやめてもらいたいものだ。見ていて気分が悪い。


2/23(火)

 本日、週刊ポストを買った。名物ともいえる相撲の記事(^^;)と許永中の記事が読みたかったのだ。まぁ、その記事はともかく、「新ニッポン百景」という記事において、11/4の分で話題にした布袋の大仏が紹介されていたのには笑ってしまった。
 文章が矢作俊彦ということで、題材のほうが負けてしまっているような気もするが、「異仏感」というタイトルが何とも良い。また、電線や現代的なデザインの電車とともに写る大仏の異常さは、何とも言えない。子供の頃、何の疑いもなく存在していた大仏だが、数年に一度しか目にすることがなくなった途端、その異様さに圧倒されるようになった(笑えるようになったという話もある)。この記事は、その時に感じる違和感を見事に言い表してくれている。

 ところで、SF系ネット者の有志によってDASACONというミニコンベンジョンが開催されるとのことで、SF系Webページに与えられるDASACON賞に表ページがノミネートされたとの旨、メールが届いた。
 嬉しい話である。ご覧になってわかるとおり、デザイン性皆無でテキストを流しているのみ、しかも話題の範囲が限りなく狭いというページなので、このような形で人の話題にのぼる機会はあまり多くもないだろうと思う。したがって、話題にのぼったということだけでも、かなり嬉しいのである。


2/22(月)

 14日に書いた内容に関して、周りからいろいろと感想を言われた。おおむね好評のようだ。みんなこういった話が好きなんだということにしておこう。
 というわけで、そういう話。
 私が通っていた小学校には、校庭に彫刻がいろいろと置かれていた。定番の「二宮尊徳」や「考える人」はもちろん、他にも数種類の彫刻が置いてあった。周りでは小学生のお子さん達が大勢遊ぶことになるため、必然的に何かと弄くられることになるのだが、私も何度か嬲って遊んだ(^^:。
 最も罪が無いのは、二宮像に色チョークでお化粧をしたことだろうか。もちろん、塗れ雑巾で掃除をさせられたが。あとは、数人で変わりばんこに考える人の尻の割れ目に指を這わせ、みんなでキャッキャッと喜んでいたこととか。今にして思えば、あれが「目覚め」だったのかもしれない。って何のだ?
 そういった、数々におよぶ罪の無い遊びの中で、最も強く覚えているのが、図工室に置いてあったダビデ像に落書きをしたことだろう。
 五年生から「クラブ」と称して各活動を行うことになっていたのだが、当然「図工」をより一層追求したい人のために「美術」というクラブもあった。そのためのデッサン用に各種彫像が購入されていたのだ。私は絵画とは縁がなかったので全く無関係だったのだが、彫像がたくさん置いてある風景は物珍しいので、よく忍び込んだものだった。
 その彫像に関しては、それまでアグリッパの顔にデストロイヤーの覆面の落書きをしたという伝説があったのだが、何度か忍び込んでいるうちに、それと似たようなことをやってやろうと思うようになってきたわけである。
 で、何をやったかというと、字で書くのはナニなのでイメージを用意した。興味のある方は見ていただきたい。
 要は赤のチョークで塗ってしまったのである。今なら塗っている最中にくすぐったくなってきそうだが、当時は別に何も感じなかった。もちろん、バレた時は大変な目に遭ったのだが。
 今考えると、冒涜以外の何ものでもなく、しかも小学生のガキにしては色気づきすぎた悪ふざけなのだが、その時は、とにかく一度でいいからやってみたかったのだ(^^;)。


2/21(日)

 更新しないことに関してはすでに開き直ってしまった(^^;

 今日は前田日明の引退だった。相手は「人類最強の男」という惹句が決して誇大ではなく、むしろ至極まっとうな形容だと信じられるアレクサンドル・アレクサンドロヴィチ・カレリン(Александр Александрович КАРЕЛИН)。当然、前田が勝てる相手ではない。それ以前にカレリンに勝てるヤツがいるとは思えない。
 という前提をふまえたうえで試合を観た。結局のところカレリンの勝ち。これは当然だろう。実際、カレリンの凄さだけが印象に残った試合だった。一応は前田もポイントを取っていたが、カレリンは最初から最後まで余裕を持って前田をさばいていた。
 そして、首投げやカレリン・リフト(垂直落下式サイドスープレックス)、袈裟固めや首固め、そして極めつけは前田の喉締めを軽く返してみせるなど、見せるところはしっかり見せていた。
 カレリンの試合は何度も観たことがあるが、今日の試合は普段と違い、グレコローマンのディフェンスを知らない相手というだけあって、技を見せたい放題の状態だった。あれだけだくさんの技を一気に見せた例は他にないのではないかとも思う。
 唯一希望が持てるとすれば、昨日引退発表したジャンボ鶴田の全盛期だったら少しは?という気もするが、ここから先は幻想と妄想の世界になるので、やめておこう。


2/14(日)

 更新しないことが本ページの特色になりつつあるのかもしれない(^^;;

 思うところがあって「性語辞典」(柴田千秋著、河出書房新社刊)を買う。って何を思ったんだか。
 本書は約360ページあるのだが、その全部がアレ関係の表現だけで埋め尽くされているという「凄い本」である。
 実のところ、こういう本を買ったのは、これが初めてではない。そこそこ有名だと思われる「アメリカ俗語辞典」(研究社)とか「和英ポルノ用語辞典」(小鷹信光著、講談社)をはじめとして数冊持っている。各国で出されたものを含めたら、それなりの量にはなる。好きだね、私も。
 この本が面白いのは、ソレに関する語を集めただけではなく、文学から週刊誌にいたるまで、広い範囲の文献から用例を引いている点である。たとえば、最初のページには、あい【愛】の項があるのだが、

〜〜
A異性間の愛情。男女間の相手を慕う情。恋。<愛は欲求と感情の調和である>(バルザック)
〜〜
C愛液。淫液。<私のあそこから新しい愛がキラキラと溢れ出て、サトシの柱をツーと伝わっていく。>(「自分たちのセックスを撮りながらイク女」『新鮮』一九八四・九)
――同書7ページより引用
という具合だ。
 こういう言葉に惹かれるのは、秘め事への興味も当然あるのだが、表現のバリエーションがとてつもなく多いからである。直喩、隠喩、外国語での言い換えなど、あらゆる手段を使っている。これが何よりも面白いのだ。たとえば、本書の「じょいん【女陰】」の項には、「言い換え語」が約9ページにわたって改行無しで列記されている。よくぞここまで。読んでいてソローキンの小説と似た効果を体験してしまった。うーん、文学的(^^;
 とか何とか言い訳しているが、単純に、スケベな言葉を覚えてしまった小学生が、面白がって連呼するような感覚でしかないのかもしれないが。


2/9(火)

 恥ずかしながら、数ヶ月ぶりに表ページの「感想」を更新した。何しろ、まさにその数ヶ月間、新刊のチェックを全くしていなかった(そもそも本屋に行っていなかった)という事情があるので、ご勘弁いただきたい。とはいっても、日本語の本を全く読んでいなかったわけではない。近所の小さな書店で文庫は買っていたし、雑誌も買っていた。
 大きな本屋に行かなかった第一の原因として、Webや外国語の文献を読んでいる時間が長かったことがまず挙げられる。これは仕方がない。
 そして第二の原因として、青空文庫にハマってしまったことが挙げられる。これはかなり大きい。見ての通り著作権切れの作品をダウンロードできるサイトなのだが、たとえ昔読んだ作品であっても、改めて読み返してみたら、これが滅法面白かったのだ。とくに芥川龍之介などは、せいぜい高校生の頃までで読まなくなってしまっていたのだが、改めて読み返してみたら、とてつもなく凄い作家なのだと実感した。ロシアの作家が芥川龍之介のことを褒め称えるのもわかる。
 というわけで、毎日青空文庫をチェックして新しいテキストを読む生活は続けているのだが、少しは自分の浦島状態を実感したということで。


2/8(月)

 あれから一週間が過ぎた。自分の生活とは全く関係ないはずの人なのだが、ダメージは大きい。
 昨日、いつもの放送時間帯に放送された追悼番組を観た。終了時に出てきた仲田龍リングアナウンサーによる「最後」のコールは悲しかった。本当なら格好良く決めることによって追悼の気持ちを表してもらいたかったところだが、完全に涙声でメタメタなものになってしまっていた。仕事として見れば完全に失敗である。だが、その声に含まれた感情には、観ている者を号泣させてしまうほどの力が含まれていた。たかが数秒のことにすぎないのだが、そのたかが数秒間でこれだけ多くの事が伝わることもあり得るのだと、強く実感した。仲田龍の光景を思い出すだけで潤んでくる。
 話題はつきないが、乱れた文章を延々と書いていても仕方がないので、これで終わりにしよう。


2/2(火)

 結局、昨日はニュースを横断した後、「王者の魂」をエンドレスで聞きながら寝た。酒も飲んだが、これはいつものことだ。
 馬場さんには思い入れが深い分、書くほどに離れていってしまい、陳腐になってしまう。気が付いたときには考えてしまっているような状態が続いているのだが、吐き出すこともできないわけである。しばらく寝かせるしかあるまい。しかし、寝かせるほどに、思い入れと悲しみは深まって行く。これも仕方のないことだ。

 ところで、ガンダムには思い入れがあるが、ヤマトに対しては無い。自分のクルーザーを戦艦にしてしまって捕まった人がいたようだが、武装した艦船で遊ぶのは想像のなかだけにしてほしいものだ。あ、作品が作れなくなったから、実際にやっちゃったのか……というわけで、「代償」は創作行為の重要な役割なのだと再確認する。


2/1(月)

 このページでさんざん書いていることなのだが繰り返す。私は全日本プロレスのファンだ。他の団体が観られなくても我慢できるが、全日本だけは我慢できない。変わった意見だとは思うのだが、ダラダラとした試合を続けていた20年前頃であっても、全日本が良かったのだ。8時は観ないことがあっても、たとえ深夜の中継であろうが欠かさず観ていた。これは、今日のような日だからこんなことを書いているのではない。本当にそうだったのだ。
 当然、ジャイアント馬場さんは、昔から大好きだった。プロレスというものが、どういうものなのか、決してきれいな世界ではないだろうことはわかっていたし、世間からどう見られているのかも知ってはいるが、それでも大好きだったのだ。確かに馬場にまつわる変な噂はいろいろあった。だが、それでも馬場が好きだった。
 今思い出すのは、馬場が故障による長期欠場から復帰した日のことだ。歩いている姿を見るだけで感動した。再び、あんな光景が見られるものと信じていたのだ。


1/22(金)

 何で何で……。
 ロシア製の電子辞書を愛用していたのだが、半年ほど前、ある日を境に全く起動しなくなってしまった。このソフトは収録語数も多いうえ、使いやすいインターフェース、HDD上に辞書が置けるなど、他のロシア語電子辞典とは一線を画した優れものである。
 したがって、起動できなくなっていることがわかったときのショックは半端なものではなかった。
 他の電子辞書は問題なく動いていたため、半分あきらめて使っていたのだが、どうしても劣る。やはり元に戻したい……というわけで、不要ソフトウェアアンインストール大作戦を実行した。
 何だかんだと理由を見つけてはインストールしまくっていたソフトを片っ端から消して回るのは、なかなか気持ちが良かった(^^;)。たとえ自作のツールであろうともソースが残っているから大丈夫!とばかりに消す消す。ストレス解消と称して皿を投げて割らせてくれる居酒屋があるという話を聞いたことがあるが、それに近いものがあるかもしれない。
 その結果、嬉しいことに再び起動するようになった。で、何が元凶だったのかというと……IE4だった。
 さすがはMS。


1/21(木)

 1.4に行われた橋本vs.小川戦「事件」に対する報道やNIFTYでの喧々囂々は、二週間を過ぎた今日でも収まるどころか、未だに尾を引いているようだ。
 報道はどれも邪推と提灯ばかりで全く信用できないし、NIFTYでは全日の三沢発言を受けてファン同士が論戦を始めている始末。レスラーの場外乱闘は好きなのだが、会場以外で報道やファンが場外乱闘してどうするんだろう。
 はっきりいって、今回の「真相」に興味はない。と書くとウソになるので、真相を知りたいという興味こそあるが、邪推や提灯に対しては興味が無いと訂正する。おそらく真相を知るすべは無いだろうと思うので、観たことだけを覚えておくことにしたい。この理屈は、猪木vs.アリ戦などにも当てはまる。
 私はあくまでもプロレスに興味があるからTVや雑誌をチェックしているのであって、セメントや他の格闘技との比較といった話には興味が無いのである。
 こんなことを書いても、どうしようもないことはわかっている。ただ、本日発売のゴングに掲載された橋本へのインタビューを読んで正直腹が立ったのだ。それも橋本に対してではなく、インタビューしているスタッフの言葉と態度に、である。特定の対象に肩入れするのは結構なことなのだが、だからといって「一緒になって相手の悪口を言いまくる」ことが許されるわけではない。
 このようなことを書くと、UFO擁護かと思われてしまいかねないが、UFOとか猪木の側に理があるとは、これっぽっちも思ってはいない。しかし、だからといって「敵の敵は味方」のような論理で新日に肩入れする気もないのだ。


1/19(火)

 昨日の分で紹介した大家さんページ「光が丘Walker」は、ローマ字表記が正しい。昨日の分をよくよく見返してみたら、間違えてカナ書きにしてしまっていた。AERAでは縦書きということもあって「光が丘ウォーカー」とカナ書きになったそうなのだが、それを見ながら書いたため、思わずやってしまったというわけである。あはは。
 で、元がローマ字なので、AERAの記事にある通りの文字列で全文検索をかけても、エンジンによっては引っかからないらしい(^^;)。なんてこったい。
 というわけで、この状況を打開するため、私も協力することにした。昨日の分まで含めてカナ書きを直さずにおき、全文検索のロボットが来るのを待っていることにする。そうすればカナ書きでも引っかかるようになる。これで万事解決!よよよい、よよよい、よよよいよい、めでてぇ〜な、っときたもんだ。早くロボット来ないかなぁ〜。


1/18(月)

 このページの間借りや、表ページに設けている掲示板を設置させてもらっている「光が丘ウォーカー」のオーナー夫妻が本日発売の週刊誌AERAに登場。ご家族そろってのカラー写真が二枚掲載されている。店子としては嬉しい限りである。賃貸住宅の話題が主で、ホームページの話題は少なかったが、一般の週刊誌に名前が載ったのは快挙かもしれない。URLが掲載されていなかったのは残念な限りだが、検索をかければたいていのエンジンで表示されるので問題は無いだろう。
 このページでは、何かと光が丘のことを書いているが、そもそも光が丘という場所に住む予定は全くなかった。光が丘は人気が高いので、積極的にはずして優先権を手に入れ、武蔵小杉にある公団住宅をゲットするという野望の元に抽選を出し続けていたら当たってしまったのだ。最初、光が丘は周辺への交通の便が悪く、周囲と切り離された場所という印象が強くてあまり好きにはなれなかった。実際、都営12号線で新宿に出られるようになった今でも切り離されているという印象はあり、光が丘を「練馬のバチカン市国」だと称した人がいたとのことだが、これはあながち間違いではないと思っている。唯一おもしろかったのは、計画的に作り出される集合住宅群の景観が、国や場所を問わずソ連的(実際、建物も風景もよく似ている)になってしまうことを発見したことくらいだろうか。実際、ロシアの作家を日本に招いたとき、我が家の近辺に泊まってもらったのだが、違和感無く風景に溶け込んでいた(大げさかつ根拠のない発言)。
 光が丘に来て一年半ほどたった頃、練馬の情報を調べているうち、ひょっとしたらあるかもしれないと思ってnerima.comとか、nerima.netなどと打ち込んでみているうちにhikarigaoka.com(gr.jpになるまではcomだった)を発見してしまった。それ以来、何かとお世話になり、ページの間借りまでさせてもらっている。そして近所の知り合いも増えた。また、住むにあたってそう悪い場所ではないこともわかった。今のところ引っ越すつもりはないし、そもそもそんな予算はない(^^;)。すべて偶然に始まったこととはいえ、良い方向に向かってくれていてなによりである。
 もし、あの時、ページを発見していなければ、今でも武蔵小杉の公団ゲットに燃えながら、はがきを出し続けていたことだろう。


1/13(水)

 これには驚いた。
 これまで何度もサターンの最強ゲームと言われる『デスクリムゾン』(通称:デス様)のことを書いてきた。長い間、『デスクリムゾンリンク集 せっかくだから、俺はこのリンクを選ぶぜ』などから伝説としてのみ知っていたのだが、実際にゲームをプレイしてみてその凄さが実感し、続編『デスクリムゾン2』開発中との噂に期待を膨らませていた。そして、そして、そして、ついに開発元のエコール社のページが『デスクリムゾン2』の公式ページになった!
 とにかくまずトップのページにある文章が凄い。前作をクソゲーだと認め、クソゲーとして逆に知名度が高くなっていることまで全部認めたうえで書いているところが凄い。開発元の意気込みが感じられる。
 そして、さらに驚くことに、「よく知らない人はこちらへ」と断り書きのうえ、『デスクリムゾンリンク集 せっかくだから、俺はこのリンクを選ぶぜ』にリンクが張られている。少なくとも、このリンク集は、『デスクリムゾン』を茶化すために存在しているようなものなのだが、同時に『デスクリムゾン』の名前を広く知らしめる役割を果たしたのも事実である。そんな痛し痒しな存在だったリンク集を、開発元がついに「公認」してしまったのだ。これは驚くべきことだ。ゲームメーカーとユーザーの関係としては、画期的なものだといえよう。
 ページによると、噂の通り、ドリームキャスト用として発売されるとのことである。『デスクリムゾン2』が、ある特別な意味でドリキャス期待の新作となることは間違いあるまい。前作が持つ、一度プレイしたら忘れられない強烈な印象と存在感を次回作でも継承してほしい。大いに期待している(どんな?)。
 私と同じような期待をしている人は(当然のごとく)多いらしい。事実、この文章を書いている時にもエコール社のページにアクセスが殺到しているようで、カウンタの数値が急激に上昇している。


1/10(日)

 さて、牌を買って備えていた今日のご近所麻雀だが、結果といえば……心の中で復讐を誓い、次なる戦いに向け、熱き炎を燃え上がらせるのであった(^^;)。最初は小さめながら上がりが続いたので、気が大きくなって突っ張ってばかりいたら放銃しまくってしまった。入ってきた点も大きかったが、出ていった点はその数倍大きかったということで(^^;)。
 と、いうわけで……

 さぁ、リベンジよっ!


1/7(木)

 生まれて初めて麻雀牌を購入した。普段はコンピュータでやるか、人に呼ばれるか、ごくまれに雀荘という具合なので、雀牌を持っている意味はなかったのだ。しかし、日曜日に近所で打つことになったのだが、参加人数の割にセットが少ないというので、思い切って買ってしまった。将棋やチェスは数種類持っているのだが、雀牌は最低ランクであっても気軽に買えるものではない。まぁゲームの内容からいって仕方のないことなのだが、これが雀牌を買う気にならなかった第一の原因だ。今回は一応理由があるので、心理的にも楽だった(^^;)。
 たとえABS樹脂製で軽く、作りもチャチな安物とはいえ、自分の牌が手に入ったというのはうれしい。早速マットを引いて手積みと牌さばきの練習をしてみた。麻雀漫画とかVシネマのようにはいかないが、ジャラジャラやっているだけで楽しくなってきた。調子に乗って上海の積み方をしてみたり、四川省のように並べてみようとも思ったが、ランダムに並べたものが解けるわけはない。さすがにこれはやめた。うーん、しかし、これって新しい玩具を買ってもらった御子様と同じだ。さて、借りてきた麻雀Vシネマでも観ようか。

 一昨日の書き込みのとおり、無性にB級ホラーが観たくなったので、昨日は「スクリーム2」を観た。いやー、当たった映画の続編ともなると凄い。二時間越えてる(^^;)。あ、凄いのは時間だけじゃないけど。ネタばらしを避けるためにこれ以上は書かないが、トリ・スペリング(「ビバリーヒルズ〜」のドナ)が本人役で偉そうな顔をして出てきたのには笑った。


1/5(火)

 このところプロレスに対しては相変わらず全日ファンを続けており、完成された試合を心ゆくまで堪能する日々を過ごしていた。極限まで磨き上げられた技の応酬は、プロレスの完成形であり、その前においては何もかも霞んでしまう。したがって、他のプロレスに対しては、あまり興味がわかなくなっているのも事実だ。
 しかし昨日、TV中継で観た新日1.4ドーム大会「大仁田vs佐々木戦」は、非常に(雰囲気が)怪しく、そして懐かしく、それ故に燃えることができる試合だった。ハッタリだけの演出と不完全な試合、そして後を引く展開……「次こそ完全な決着を!」という呪文によって観客は続きを観ることになる。
 一言で言えば演出の勝利ということになる。試合の完成度を高めて行くことで観客の興味をつなぐという現在の全日とは対極にあるものだが、昔はこんな試合ばかりだった。しかし、この展開があるからこそ毎週観ていられた。
 大仁田は現在でこそ邪道だが、古典的な意味では正道だ。くわえタバコでパイプイスを手に入場、場外乱闘に火炎攻撃で反則負け。大仁田はもともと技ができないうえに、まともに歩ける体調ではないはずである。試合になるわけがない。事実、一方的にやられていた。だが、主役は間違いなく大仁田だった。大仁田はスポーツ選手として見れば四流だが、プロとしては一流だ。プロとしては全く形をなしていない佐々木とは正反対である。役者が違うことを見せつけた。
 自分が駄目な奴であることを示すためにリングにあがり、無様な姿を見せるという目的を完璧に果たした。大仁田の思惑はすべて達成されたわけである。そのうえ、相手に「もう一回」と言わせることに成功したとなれば、これは圧勝と言ってもいいだろう。大仁田独自のヒロイズムだけが印象に残った試合だった。

 そういえば、「小川vs橋本」も凄い試合だった。無敵のセメント野郎と化した小川と、無期出場停止処分が確定している橋本というミスマッチは、ある意味で非常に痛かった。
 しかし、(最近の内容から言って)本調子ではないのに加え無期出場停止処分でメタメタになっている橋本にセメントをしかけてボコボコにしたあげく、新日本(実体は長州)を本気で怒らせた小川(その向こうにいる猪木)の神経は、並のものではない。普通、相手の興業の場を貸してもらっている立場でそれをやるか(^^;)。喧嘩屋の用心棒を連れて入場するし。まぁ猪木なら不思議ではないが。
 小川が新日ファンに向かってマイクで叫んだ「目を覚ませ!」は、猪木から(社会の)掟破りを学んだ小川に全部返してやるべきかもしれない。私は個人的にセメントなるものの存在を毛嫌いしているのだ。

 大仁田がダメさを示して格好良く決めた話の反対で……昨日ビデオで観た「フルモンティ」は、登場する男たちのダメさ加減が身につまされる作品だった。コメディであるはずなのに、あまり笑えなかったばかりか、少し気分がダウンしてしまった。こういう時には、無性にB級ホラーが観たくなる。


1/1(金)

 明けましておめでとうございます。
 ここ数年、ロシアへの年賀状は、アドレスを持っている相手に対しては電子メールに切り換えている。私が今年使った海外仕様の年賀状(の縮小版)を掲載することで、この文章を読んでくださっている方々へのお年賀と代えさせて頂きます。

 また、ロシアからいくつか年賀状が電子メールで届いた。せっかくなので、グラフィックで来たもののなかから傑作をここで紹介してしまおう。

 両方とも、作家のアンドレイ・ラザルチューク氏より届いたものである。この人のユーモアセンスは良い。左側はメッセージが「新ウォッカおめでとう!」、右側の顔は本人である。

 というわけで、絵に描いたような寝正月を過ごしている。今日は近所の24階に住む知り合いに招かれて「初日の出鑑賞&新年呑み会」だった。考えてみれば、「日の出」を見るのは学生の頃以来だ。もっともその頃は、日の出を見てから眠るという生活だったので、早起きをして「日の出」を見るというのは初めてのことだったかもしれない。まぁ新年ということもあり日本酒をしたたか飲んだのだが、飲み過ぎて頭が痛い(^^;)。ウォッカやビールならこんなことにはならないのだが……。どうも醸造酒には弱い。

 この「独り言……」を書き始めてもうすぐ一年、最近はサボり気味になってしまっているが、今年は精進しないとねー。


12/26(土)

 ふっふっふ、ふふふのふ。
 というわけで表ページの科幻情報バックナンバー掲載作業が終了した。人間気合だ。


12/24(木)

 表ページにロシア・東欧SF関連ニュースを追加した。
 また、同時に中国SF研究会会報「科幻情報 第32号」とバックナンバー第23号〜第25号を追加した。近いうちに第10号〜第21号までを掲載することを約束する(第22号は欠番)。
 病み上がりなので、今日はこれだけということで。


12/22-23(火・水)

 日曜日に空気の悪い場所――具体的には歳末で混み合っている百貨店とPCショップを歩き回ったため、気管支をやられてしまったらしい。おかげで日曜の夜から咳が止まらなくなり、火曜日にはついに発熱した。どう考えても体調がおかしいので、熱を測ってみたら38.5℃あったのだ(気付くのが遅い)。
 これは一大事とばかりに暖房を最強にし、思いっきりたくさん布団をかけ、汗とともに熱を飛ばす作戦(大げさ)に出た。一時間後、37.7℃。まだ高い。すぐに着替えてもう一度…という具合に繰り返した結果、最初に熱を測ってから五時間後には35.9℃にまで下がった(下がりすぎだ)。
 おかげで咳こそまだ残っているが、すっかり回復した。早く直って良かった良かった。そのかわり洗濯物が山のように出る結果になってしまったが…。


12/21(月)

 全日本プロレスのガシャポンをついに発見! 全日フリークがこれを集めずして何をする!
 というわけで挑戦してみたら、いきなり三沢が出てきた。気を良くして再チャレンジすると今度は川田が出てきた。これは運が良いのかもしれない。こうなったら小橋が出るまで続けようか…とも思ったが、危険なので今日のところは中止した。
 しかし考えてみると、今回の六体(三沢、川田、田上、小橋、秋山、馬場)のどれも外せないではないか! 川田をとってしまった以上、パートナーの田上を外すことはできない。そして三沢がいるとなると、今年のベストカード(武道館三冠戦)ということで小橋は必須だ。そして小橋がいる以上、秋山は基本だろう。そして何より馬場いなくして全日本ではない!
 このようにして深みにハマる…。


12/19(土)

 ある人から、北朝鮮の潜水艇は、旧日本軍の特攻とどこが違うのだろうか、という意見を聞いた。考えてみたのだが、私にはわからないとしか言えないという結論に達した。もちろん、これは両者が同じにしか見えないという意味である。乗り込んでくる兵士の動機、状況、結果など、何をとっても区別がつかない。また、棺桶としか思えない北朝鮮の潜水艇は、旧日本軍の回天や桜花、伏竜を直接連想させる。
 この意見に対し、数々の異論があるだろうということはわかっている。だが、どれだけ考えてみても、この結論を揺るがせうるだけの反論を思い付くことが私にはできない。
 もちろん、現在の北朝鮮を非難し、同時に戦前・戦中の日本を肯定するような立場があることは知っている。だが、この問題に関しては、両者の区別がつかない。どちらかの肯定は、もう一方の肯定にしか見えないのだ。


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