昔の独り言……(13)


6/28(月)

図1
 電車の中でキーホルダーになっているお姉さんを見た。
 コスプレをしていたというわけではない。開いている背中に、ちょうど良い具合で鎖が張り付いていたのだ。その様子を図1に示す(いい加減でごめんよ)。何かの拍子で付けていたネックレスが切れて残ってしまったのか、他の人が切ってしまった鎖がついてしまったのかはわからないが、絶妙な張り付き方をしていた。しかも、望んでやっているのではないかと思ってしまうほどしっかりと張り付いていた。
 あまりにも絶妙な位置で固定されているので、ひょっとしたら故意に行っているのかもしれない。たとえば誰かの「玩具」になっていて「キーホルダーマスコットプレイ」をしているとか。家に帰ったら人形として壁に掛けられているとか、ご主人様に鎖を捕まれて……などとイケナイ妄想を膨らませてしまったのは言うまでもない(^^;)。
 危険なので妄想はそこで中止し、何かを生肌に張り付けて遊べないものだろうかと考えてみた。たとえば背筋に沿ってチャックを張り付けてみるというのはどうだろうか。昔から裸の背中にチャックが付いているのはウルトラマンをはじめとする巨大ヒーローしかいない。背中にチャックを張り付けてウルトラマン……一発芸なら通用するかな?しないか(^^;)。

 いかん外した……。しかし、せっかくだからアップしよう。次はファイルを一新するということで。


6/23(水)

 知らない間に動いてしまっている機械というのは,かなり気になる存在だ.
 たとえばガキの頃,アナログ式腕時計の日付表示がいつも気になってしかたがなかった.気が付くいて見てみるとちゃんと日付が切り替わっているのだ.それがいつ,どのように切り替わるのか,それが見たいがために腕時計を前にして夜遅くまで起きていたことがある.
 これはディジタルになっても同じで,モーターで文字盤の束を回転させる方式のディジタル置き時計の日付が変わるのを見ていたこともあった.つい最近では電波時計の時刻がいつピッタリと校正されるのか,その瞬間を見てやろうと思い立ち,しばらく見ていた.
 これが月や年の単位になると気合いが入る.月単位で表示される液晶式カレンダーの切り替わりを見ていたこともあるし,もっと長い単位では大晦日にノートパソコンの年号を見ていたこともあった.これらは逃してしまうと次の機会までが長いので緊張したものだ.
 また,ガキの頃にはテレビやラジオの放送が終わる瞬間や始まる瞬間,つまり無信号の状態と受信状態とが切り替わる瞬間も興味の対象だった.特に民放ラジオは週に一回しか放送休止が無いうえに放送終了が遅いので特に興味があった.
 放送関係で切り替えの話といえば,一度かなり悔しい思いをした記憶がある.昭和53年の11月,それまで10kHz間隔だった中波ラジオ局の周波数が,その日を境に9kHz間隔に変わるという周波数改正があった.全ラジオ局の周波数が変わるのだから一大イベントである.当時中学生だった私は,是非とも切り替えの瞬間を聞いてみたいと思ってずっと起きて聞いていたのだが,いつの間にか寝てしまい,朝起きた時にはチューニングの少しずれた放送が聞こえていた.あの時は悔しかった.実際,思い出すと今でも悔しい.
 ところで,SETI@homeをインストールしてから,データ処理が終わる瞬間を見られずに悔しい思いをしていた.そして今日,データの処理が終了しそうな雰囲気だったので,その瞬間を見てやろうと数十分にわたってチラチラと観察してしまった.なにせ一回のデータで50時間近くかかる(遅いマシンですいません)ので,今回を逃すと次までまた悔しいまま過ごさなければならないのだ.それにくらべれば数十分などは短い.
 その待っている間に周波数改正の時に感じた悔しさを思い出したので書いてみたしだい.

 こういう事を書くと,また奥さんに「くっらぁーい」とか言われるんだよな(^^;).言われる前にあらかじめ書いてしまっておこう.


6/22(火)

 世界中のインターネットユーザーが集結してカスパロフに挑むカスパロフ対世界が始まった。97年のカスパロフ対DeepBlueでは対戦がオンラインで見られて非常に面白かったが、今度は自分まで参加できるようになったわけだ。
 ユーザー(挑戦者?)側は、それぞれのユーザーが指した手を集計し、多数決で決定されることになっているらしい。世界中のプレイヤーが知恵を出し合ってチャンピオンに挑戦するという図式だ。非常に面白い試みだと思う。ガメラ対群体レギオンといったところか。対DeepBlue戦はゴジラ対メカゴジラだったわけだね。
 まぁ、世界中の誰にも負けないからチャンピオンを名乗っているわけなので、たとえ何十万人が寄って集ろうとも勝てるとは限らないが、結果は楽しみだ。
 ただ、政治の場などでわりかしよく見かけるように、大勢の知恵を集めた挙げ句にろくでもない結果を導いてしまうことは往々にしてあるので、この勝負が歴史的なものであることは間違い無いが、名勝負にはならないという可能性もある。
 つまんない戯れ言はさておき、誰でも参加できるので興味のある人はどうぞ。一手に一日かかるので、どんな生活サイクルの人でも安心(^^)。
 ちなみに私の心配は、自分の手が何手くらい当たってくれるかである(^^;)。


6/21(月)

 話題の「週刊金曜日」別冊ブックレット『買ってはいけない』を読んだ。
 食品や家庭用品の危険性を指摘するのが目的なのだろうが、中の説明はちょっといただけないものが多い。冷静さを欠くというか、俎上にのせられている商品とは関係ないところまで脱線し、変なイメージを与えようとしているとしか思えないのだ。
 たとえば、食品の項だけ読んでみても、執筆者が「化学調味料はすべからく悪い」「油は絶対の敵」「合成ものはとにかくダメ」という教条を無批判に受け入れているように思える。それが間違っているとは言わないが、それを根拠にヒステリックな言い分を聞かされても、読者としては引いてしまうのだ。
 インスタントラーメンの項を例に取ってみると、科学的とは言い難い文章で危険性を説明したのち、「かんすい」がいけないとして、インスタントに限らず何とラーメン全部を否定してしまっている(^^;)。また、成分として挙げられている「肉エキスや豚肉」に対し、「肉アレルギーの人にとっては強力なアレルゲンだ」などと書いてしまっている。確かにその通りなんだけど、そりゃ蕎麦だって卵だって同じでしょうに(^^;)。すでに坊主憎けりゃ…という論法である。メーカーに何か恨みでもあるのかと思ってしまった……。
 他の項でも同じような論法が続く。ハンバーガーの項では、ハンバーグどころか肉食を否定して見せているし(やけくそにしか見えない)、何の分析も確認も無しに「ミミズ」の噂まで書いてある。ここまでくると三流ゴシップ紙の文章である。こういうスタンスで書かれた文章を無条件に受け入れることなどできはしない。
 というわけで、主張しようとしていることは正しいのかもしれないが、説得力に欠ける文章によって正しさが読者に伝わらない本だと言える。製品の危険性よりも、アンフェアな文章のほうが印象に残った。
 「週刊金曜日」に対しては好感を持っているが、この本が???な内容の本であることに変わりはない。


6/19(土)

 しつこく病気の話。すいませんねー。思い返してみれば、年間を通じて病気の話をしていることがやけに多いような気もする。タイトルを「病気日記」にでも変えようか。
 光が丘の公園祭りで模擬店を出すということになったので、その打ち合わせに行った。昼から咳が出ていたが、夜になって調子が悪くなったので熱を測ったら、やっぱり発熱していた(^^;)。こうなると学習効果は皆無と言えよう。
 というわけでプロレスは観るけれど(^^;)、夜更かしせずに寝まーす。失礼しましたー。


6/17(木)

 風邪をひいたのが6/1だから、すでに三週目に突入している。咳を除けばすっかり良くなったのだが、止まる気配が全くない。咳ばかりしていると頭が痛くなるし、それだけで疲れて何もする気が起きなくなる。いい加減困ったものだ。ブロン液はすでに飲み干し、龍角散は二缶目を消費しつつある。
 またまた病気の話ですいませーん!!!考える気が起きないのでー、現状報告のみですー。失礼しましたー。


6/14(月)

 季節柄(^^;)、暗号ソフトを片っ端からダウンロードして試してみた。電子メールなどではPGPが事実上の標準(みんな使おうぜ!)だが、他にどんなものがあるのか興味があったのだ。
 個人的なファイルをWebサーバ上にバックアップとして置くようなことをしているのだが、そういったファイルを簡単に暗号化/復号化でき、しかも安全性が保証された暗号化方式を使っているフリーソフトが無いかと探してみた。その結果は……秘密鍵があるとはいえ、これは秘密にしておいたほうが良いだろう。拡張子を消しておけばそれだけ硬くなる。
 暗号ソフトの導入は不本意な事態だが、季節柄(^^;)しかたあるまい。暗号ソフトを使うと宣言することにより、季節の話題への反対を表明したいと思う。


6/13(日)

 咳が止まらないうえ、奥さんが暑がって窓を開けている横で「今年は肌寒いなぁ」などと思ったので熱を計ってみたら発熱していた(^^;)。気づけよ。
 というわけで、昨日も今日もひたすら寝ながら本を読んでいた。やはり安静が一番(^^)。電子メールのチェックもさぼって寝ることに心がけた結果、五冊読むことが出来た。積ん読の解消に少しは役だったわけである。
 ただ、身体は安静にしていたものの、この二日間で読んだ本がどれも重くて(^^;)。頭の中は安静でも何でもなかった。中でも文庫落ちしたので早速購入した『AV女優』(文春)は評判通り面白い内容だったのだが、山有り谷有り中身大充実、読み終わって数十人の半生を受け取った頃にはお腹一杯になってしまった。その後にCSで見たのが『フォレスト・ガンプ』で、再びお腹一杯(^^;)。精神的に過食気味。
 病は気からとは言うが、この二日間は自ら好んで背負い込んでしまったかもしれない。


6/11(金)

 戦争法、盗聴法に続き、国民総背番号制が通っちゃった。そのことだけでも泣くしかない、というか頭の痛い世界なのに、ついに極めつけの君が代日の丸法案! 自自公の方々、このところ気が狂っているとしか思えまへんな。別に国歌とか国旗を定めてもいいとは思うのだが、「君が代」と「日の丸」だけは嫌なんだけど……。
 しかもついに「君」の正体を特定した! 古い妖怪どもの化けの皮がついに剥がれたって感じ? 外道照身霊波光線! 汝の正体見たり、前世魔人ポンニチウヨッカー! ……ダイヤモンド・アイがいて欲しいものだ(ネタがわからない人は
こことかここを参照)。
 あー、考え得る限り最悪のオプションばかりが付け足されていってるんだもんなぁ。怖い世の中になったものだ。


6/10(木)

 一昨日収まりつつあると記した咳はまだ間欠的に続いている。いい加減に止まってくれないと、咳をするたびに背中やこめかみが痛くて仕方がない。
 咳で痰は切れてきたが、鼻水が止まらない。本日、鼻が詰まったので鼻をかんでみたら、濃い黄色の液体が大量に出てきたので驚いた。膿でも出たのか! 何か病気になったのか!
 考えてみたら、のどに良いかと思って直前に舐めた飴がオレンジ色だったことを思い出した。どうやら着色料の色が付いてしまったらしい。それにしても人間の体内からは絶対に出てこないような色だったので一瞬ヒヤリとした。いやー、ティッシュに付いたあの怪しい色は是非ともデジカメで撮ってお見せしたかった(^^;)。
 たとえばこれ、ブルーベリーなどの濃い色の飴とか、メロンなどのさらに怪しい色の飴を舐めた後だったら、もっと毒々しいものが見られたに違いない。飴のことを知らない他人が見たら絶対に病気だと思われそうだ。今度やってみよう。涙声で「どーしよー、こんな色の鼻水がでちゃったよー(;_;)」とか。

 5/5の分に書いた、∀ガンダムのオープニングで聞こえるホーミー(またはホーメイ、フーメイ)は、ヒカシューのリーダーである巻上公一氏によるものらしい。普通の歌声ならともかく、ホーメイともなるとクレジットが無い限り誰がやってるんだかわかりまへん(^^;)。
 ♪プヨプヨとぉっ


6/8(火)

 日曜、月曜と咳が止まらず、おかげで龍角散の缶を半分使ってしまった(^^;)。一晩中咳いては目をさまし、龍角散を飲むことの繰り返しで、この二日間はあまり寝ていない。しかも咳きすぎて全身筋肉痛だし……。
 今になってやっと収まりつつあるので一安心といったところか。それにしても龍角散は劇的かつ素早く効くので咳が出やすい私には必需品なのだが、服用し始めると口臭だけでなく、部屋中に臭いが充満してしまうという欠点もある。二日で済んだから良かったものの、一週間も続けたら床が真っ白になりそうだ。
 もっとも、部屋中に飛び散った龍角散の粒子が気管支に効いていてくれるのであれば欠点とも言い切れないが……。健康によいハウスダストというわけである。もしそのようならば、次からは部屋中に龍角散をまき散らそうか。咳をして部屋の空気をかき回すほどほこりが舞い上がって咳が止まるとか。咳をすればするほど咳が止まる……何となくパラドキシカル。


6/6(日)

 昨日はSF、ミステリ、文学専門古書店「羊頭書房」の店主を含めて飲み会。この古書店、SF好きがやっているだけに、マニアックな要求をしても聞き入れられるはずなので、困ったことがあったら聞いてみると良いと思う。それはさておき、先週は風邪で発熱し、体調が回復しないままの状態で飲んだため、かなりキた(^^;)。おかげで一日寝て過ごしてしまった。うー、頭が痛いし咳が出るぅー。

 ユーゴ和平の結果、ノストラダムスの予言がコソボ問題だというこじつけは成立しなくなった。平和になったうえに予言(の可能性の一つ)を外すとなると、これは非常に良いことだ。
 ただし、8日現在、未だ空爆は続いている。

 君が代と日の丸を根付かせるために人を刺すとは……。反対する団体への警鐘なのだそうだ。アホか。人の命よりも歌や旗が重要だと思っている人が未だにいるとはねぇ。永久に理解できない感覚だ。


6/4(金)

 ついにユーゴスラビア問題解決への第一歩?
 まだまだ予断は許されないし、復興や難民の帰還など問題が山積みのうえ、根本的な原因が何も解決されていないという凄い状況ではある。この数ヶ月にわたる騒動は、結局のところ、メンツのみで屁の突っ張りをかますアホと、刃物を振り回したがる馬鹿者が余計な損害を出しただけでなく、問題をさらに大きく複雑にしてしまっただけの話としか思えない。ほとんどヤクザの抗争だね。
 素人の浅知恵では、気長に話し合っていればこんなに酷くはならなかったのにと思ってしまうのだが……。
 攻撃に巻き込まれて死んでしまった市民や壊された建物といった犠牲は、きっと国際政治という名の「崇高な神」に捧げられた生贄なのだろう。ちなみに私の定義では、生贄とは、狂信によって生み出される無意味な死のことである。


6/1(火)

 昨日から考えているのに、未だにわからないことがある。中村敦夫に脅迫電話をかけた犯人の人物像である。
 盗聴法に反対した人を脅しているわけなので、つまりは盗聴法に賛成する人のはずだ。そして、自分とはあまり関係がないことで脅迫するとは思えないので、盗聴法に深く関係し、盗聴法によって利害が生じる当事者のはずである。
 ところで、一般に、銃で撃ち殺すとかいう脅しをすると考えられているような人々は、今回の盗聴法によって不利益しか被らないはずである。
 すると、今回の盗聴法で不利益を被らず(むしろ得をし)、しかも銃を持っているとほのめかしても不自然ではない人々とは……(^^;)。

 この話、忘れてくれぃ!


5/31(月)

 ゲームが生活時間を食い荒らす危険性は理解しているつもりだ。今まで何度もやっている(^^;)。何とかせねばならんとは思うのだが、先日もSnoodにハマり、少し危なくなった。学習効果は皆無だと言えよう(←そもそも直す気あるのか?)
 昨日、このページの大家さんからカルドセプト(またはここ)を見せられ、思わず購入してしまった。時間がなかったので最初の面の途中までしかプレイしていないが、確かにこれは危険だ。一日の数割以上をゲームに費やすようなことはないが、これから数ヶ月は付き合うことになりそうである。
 というわけで、7月〜8月の生活を危うくする危険性があるので、私にとって「恐怖の大王」とはカルドセプトのことなのかもしれないと思うのである。
 もしそうなのだとすると、ノストラダムスによってすでに予言されてわけなので、私がカルドセプトにハマるのはもう避けようがないことなのだ! 運命として受け入れざるを得ないとなれば、もう開き直って思う存分ハマるしかあるまい。ふふふ。(って、いったい何書いてるんだろ……)


5/27(木)

 戦争、盗聴の次は国民総背番号制とは……。やっぱり最近何かおかしいとしか言いようがない。
 本日の朝日新聞と読売新聞が社説で同じ話題に触れていたが、例によって真っ向から食い違っていた。朝日は危険性を指摘し『導入を急いではならない』とし、読売は個人情報の保護をはっきりさせなければならないとしたうえで『法案の早期成立を目指してもらいたい』としていた。個人的にはどう考えても危険だと思うし、そう指摘する意見には納得できる。逆に、便利になるからといってそれだけで早期の成立を目指さなければならないのか、その理由が全くわからない。たしかに似たようなものとして基礎年金番号があるが、これと住民票コード番号とは意味合いが違うと思うので、そう指摘している朝日の主張はよくわかる。
 だいたい……国民総背番号制などといった単語はフィクションの中に悪い意味合いでしか登場しないものだと思っていたのだが(^^;)。宇宙観光旅行や人型ロボットといった夢のあるものがフィクションから現実になるのは歓迎できる。しかし、ディストピア小説にしか出てこないようなものが現実になってしまうのは遠慮したい。
 ディストピア小説の薄気味悪さを根拠に、現実に導入される制度に対して危険を感じるのは、私が最近何かと指摘されている空想と現実の区別ができていないヤツだからなのだろうか?


5/26(水)

 カウントを取っていないので、このページがどれだけ参照されているかは知らない。また、アクセスログも取っていないので誰が読んでいるかとか、巡回してくれている人がどれだけいるのかもわからない。
 したがって、「わっちりんく(す)」「厳選! SF つながり」などから飛んできてくれている人が何人くらいになるのか全くわかっていないが、ちょっと気になったので書いておくことにしよう。
 「わっち」はWebを巡回するうえで非常にありがたい存在だし、私も愛用しているが、このページに関して言えば、「わっち」で上の方になっていたとしても内容が全く変わっていない場合があるので注意してほしい。
 こういう場合、決して「わっち」がおかしいわけではなく、恥ずかしい誤字とか、とんでもない間違いを発見したんだなと思ってもらえればいい(^^;)。誤字チェックや推敲をちゃんとしてからアップロードすれば良いという話なのだが、そんなことすらせず文章を書き捨てにしているわりに、恥は掻き捨てにしたくないという半端かつ浅ましい根性が、こういう現象を起こしているのである……。あはは。


5/25(火)

 ガイドライン法案の次は盗聴(通信傍受)法の危険が……。最近どんどん嫌な感じになっていっているような気がするのだが、勘違いであってほしいものだ。
 この法案の何が問題なのか、何がマズイのかを知るには、日本弁護士連合会のページから会長声明および談話(ここここここ)、意見書(ここここ)、総会決議(ここ)などを参照されたし。
 ちなみに、他の声明なども非常にためになる。
 古くから様々なディストピアテーマの小説が書かれてきたが、権力による盗聴、そして盗聴による監視は「嫌な社会」の代表的要素として多くの作品で扱われている。古くから危険が指摘されている、いわば典型的な問題を合法化しようという姿勢は、危険を通り越して無謀としか思えない。もちろん、私もこういう話は嫌いだ。嫌いだって言っている人に無理強いするのって良くないんだよぉ。
 とにかくリンク先の文章を読んでもらいたいので、ここまで。


5/24(月)

 何が何だかよくわからないままガイドライン法案成立。はぁ。話になんないというか、問題外というか……。最近脱力する話は多いが、これは特上ものの脱力である。国会の場って、戦争とか、もっと言うと殺し合いの好きな人が多いのね。そういうことが好きな人達同士だけでやってくれていればいいのだが、そうでない人まで巻き込むから問題が多いんだけど……。嫌いだって言っている人に無理強いするのって良くないんだよぉ。

 堺屋太一経済企画庁長官が週刊朝日に連載しているコラムでY2Kの話題を書いていたが、これがなかなか凄い
 何と堺屋太一本人が自らのSF観と創作の秘密を語っているのだ。
 具体的には、Y2Kによって起こりうる銀行の利息や在庫管理でのエラーといった典型的な例を紹介し、『もっとも、この二つの例は安手でSF小説には向いている』とし、それを『だれかが思いつくようなこと』だとしている。つまりSF小説は、誰でも思いつきそうな「安手」のアイデアで書かれる作品だと言っているのだ。
 これは極端な解釈だと思われるかもしれない。だが、ご本人が書いた未来予測小説「平成三十年」(概要はここここを参照。作品はここで読める)は、確かに想像力のかけらも何の驚きもない作品で、これを読むと現経済企画庁長官は、SF小説をそのようなものだと捉えているとしか思えないのだ。逆に、下らないアイデアと凡庸な発想で書かれた小説というのが堺屋太一氏のSF観だとすると、「平成三十年」はまさにそのままズバリ当てはまる作品なのだ。
 というわけで、あの作品は面白くないのが当然、それを狙ったものだということがわかった。(ちなみにうちの奥さんが「平成三十年」を読んで一言。「これって昭和三十年の間違いじゃないの?」)

 こういう重箱の隅は書いてて嫌になってくるし、何の意味もない。しかし、内閣の一人、そして作家、さらには女子レスラー尾崎魔弓の奴隷として影響力のある人が、こんなつまんないことを書いているというのは耐えられない話だ。せめて『もっとも、この二つの例は安手で、こんな題材では小説にもならない』とでも書いてほしかった。これって期待のしすぎ?


5/23(日)

 ここ数日はSnoodにハマる日々。時々こういうことをやってしまう。このゲームはどこかで見たような画面だが、それはおいておくとしても中毒性が強く、止められなかったのだ。
 これまで、単純系超ハマリパズルでは、テトリス、コラムス、上海、四川省、ソリティア、フリーセル、サメガメ、ライツアウトなどで人並みに被害(?)を被っていたが、今回も同じく、ゲームを止めた後、周りの物がゲームに見えてしまうとか、寝ようとして目をつむるとゲームの画面が浮かんでくるという症状が出ている。
 今は何とか止めたが、それでもふとやりたくなってしまうという厳しい状態にある。
 時間を無為に過ごしたという気がしないでもないが、楽しくてやっていたわけなので、ヨシとするしかなかろう。


5/19(水)

 スターウォーズの新作が公開だそうで。かなたの国で映画が一本公開されたというだけでニュース報道になるというのも凄い。
 顰蹙を覚悟で明かすと、スターウォーズがあまり好きではない(^^;)。何とか「帝国の逆襲」は面白いと思えたのだが、だからといって好きな作品というわけでもない。悪い出来だとは思わないが、それ以上のことは感じない。最初の映画が公開されたとき、私は中学生だったのだが、同じ頃に公開されていた「未知との遭遇」のほうが好きだったし(←基本的にぬるい話は嫌いじゃない)。
 したがって、今回公開されるスターウォーズも観に行くのだろうが、個人的には何の盛り上がりも期待も感じていなかったりして(^^;)。
 実際、なぜスターウォーズでワクワクしないのか。自分でもこの原因がわからない。スペースオペラが嫌いというわけではない(はっきり好きだ言え!)のだが……。
 ところで、この話を奥さんにしたら不機嫌になってしまった(^^;)。好きな作品を貶されたような気分になったのかもしれない。そういうつもりじゃないのに……。


5/18(火)

 LYCOSからメールが来て、ディレクトリサービスの方に表ページを登録してくれたとのこと。LYCOSというとロボット型検索エンジンというイメージがあったのだが、ポータル競争の中、ディレクトリ型のサービスも始めたらしい。
 まぁ、事情はともかく、登録されたのは嬉しい限りだ。しかも、SF、露文、中文の三つのカテゴリに入れてもらっている。せっかくだから表ページのトップに画像を張り付けてしまった。いやー、嬉しいッス。
 なぜここまで嬉しがるのか? ディレクトリ型サーチエンジンというとYahoo!Japanが代表的だが、そのYahoo!に関連した苦い経験があるからだ。
 表ページは、地域を限定してはいるものの、純然たるSFページのつもりだ。しかし、Yahoo!ではSFのカテゴリに入れてもらえていない(;_;)。何でも、Yahoo! Japanの解釈によると、表ページは外国文学の範疇に入るのだそうだ。
 もちろん、この分類が間違っているわけではない。だが、どちらかといえば、SFのカテゴリに入れてもらっているほうがページの目的には合っている(と当方では解釈している)。したがって、最初に登録されたとき、「SFのページなので登録場所を変えていただきたい」とフォームでお願いした。すると、いきなり「このカテゴリで間違ってはいません」という書き出しで始まり、「現状のカテゴリのままとし、移動はしません」という結論の返信が来た(記憶モードなので文は正確ではないが、意味やニュアンスは変わっていない)。
 まぁ、それぞれの運営方針があるので、分類分けの根拠について口を出すつもりはない。だが、問題なのはメールの書き方だ。「当方の解釈ではこの範疇に入る」という書き方ならば納得できるのに、「間違っていない」などと絶対の自信を持たれても困る。思わず「おおおおっ、私は自分のページの性格付けを間違って解釈していたのかぁ!! ごめんよー」と言いたくなったし(^^;)。というわけで、Yahoo!は人の価値基準の正否まで判断してくれる会社なのだということがわかった。
 あ、愚痴が長くなってしまって申し訳ない。ともあれ、大手のディレクトリ型サーチエンジンでSFのカテゴリからパージされている身としては、SFのページとして扱われたことが何より嬉しいわけである(けっこう卑屈)。


5/16(日)

 思い立って二日がかりで電子メールクライアントの評価を行った。ベクターに登録されている主な(有名な)ものを片っ端からダウンロード/インストールし、ファイル添付でなく、ベタに書いたロシア語メールが受信できるかどうかを試してみたのだ。結果はというと、全体的に芳しいものではなかった。半角カナだと思って全角に変えられてしまうとか、全く無視されてしまうようだ。
 もちろん、現在使っているソフトよりも機能が豊富で使い勝手の良いものはたくさんあったのだが、上のような理由から現状がベターであると結論せざるを得なかった。結果だけからすると意味がない作業だったかという気もするのだが、こればかりはやってみないかぎりわからないので、ヨシとしよう。
 これまでブラウザ、エディタ、ニュースリーダー、TELNETクライアント、プリントツールを片っ端から試していたのだが、メールは種類が多いうえに設定や実験が面倒なので今まで棚上げにしていた。それが今回やっと終わったので、試そうと思っているジャンルはチャットクライアント程度ということになる。だが、これもまた根性がいりそうなので、試すのはしばらく先のことになりそうだ。


5/15(土)

 考えてみれば、ユーゴ問題がこのまま7月まで続くと、「ノストラダムスの予言」が当たったということになってしまうのではないだろうか? 「恐怖の大王」はNATOまたはクリントンだったということにして、「やっぱり当たった!」とか、それこそ鬼の首を取ったかのように騒ぎ出す人が出てくるような気がする。
 暴挙としか言えない爆撃に関して「あれは予言でそうなると決まっていた」などと言われても良い気分はしない。はっきり言って癪にさわる話でしかない。また、誤爆などという不条理な事態で命を失ってしまった人達にたいへん失礼、というか冒涜以外の何ものでもないと思う。というわけで、そういう意味でも、早く終わらせて欲しいものだ。おーい、エセオカルト連中に花を持たせる必要はないぞ>NATO


5/13(木)

 凄いよねー。元MI6のスパイが名簿暴露だって(^^;)。確かにインターネットならゲリラ的な暴露行為もたやすいが、いくらなんでもここまでする度胸は無い。ヘタすると大変なことになるし。よほど腹に据えかねているということだけはわかる。
 まぁ、日本語で書いている分には、何を書こうとも例外的な人を除いて日本国内でしかみられないので多少はマシなのだろうが、それでも躊躇してしまう。電子メールでは書けても、誰もが見られるページとなるとねぇ(^^;)。いまさら守る世間体などあるのかという気もするが、パブリックイメージはそれなりに重要だと思っているので、自分で責任をとれる範囲以外のことは書けない。だからどうしても他の人がからんでくる日常の出来事を詳細に書くようなことはしてないし……。何でもできるということが、決して何をしても良いこととはイコールでないという単純な原則を再確認したしだい。


前の「昔の独り言……」 次の「昔の独り言……」 最新の「独り言……」

O-NOのページに戻る