蝸牛地帯 ルースカヤ・ファンタスチカ 光が丘Walker

昔の独り言……(32)

もし宜しければサブテキスト(^^;)として同居人の「monologue」もどうぞ.
●他の大野の記録――書き捨て日記「こんな日々を送っている」 | blog「大野の日常
2004/3/31(水)

 貴様ら、それでも武道家か! つまらん分裂騒動に選手を巻き込みやーがって。
 わずかながらでも武道に関わっている者として、この連中の武道家らしからぬ態度には強い怒りを感じる。いい加減にしろ!
 自分たちの面子よりも、真剣に打ち込み、努力して、自分で成果を出してきた選手のことを何故第一に考えられないんだ。アホども。


一本化の交渉期限切れ テコンドー別途派遣検討も(共同通信)

 国内統括団体の分裂が続くテコンドーで、日本オリンピック委員会(JOC)がアテネ五輪への選手派遣条件と決めた2団体一本化期限の31日、両団体の交渉はまとまらず、一本化による五輪派遣はなくなった。
 女子67キロ以上級で五輪出場枠を獲得したシドニー五輪の銅メダリスト、岡本依子(ルネスかなざわ)の派遣を求める声が強まり、全日本テコンドー協会(衛藤征士郎会長)と日本テコンドー連合(森喬伸会長)はこの日午後協議したものの、全日本協会の篠原節理事会議長は「全く進展はなかった」と述べた。
 JOCは、18日の理事会で決めた派遣条件を守ることを確認。一方で、国内団体が存在しない場合、条件付きで国内オリンピック委員会(NOC)が個人資格でエントリーできる、との国際オリンピック委員会(IOC)憲章に基づく派遣検討も視野に入れている。


2004/3/30(火)

 喉の腫れは引いたが、怠さが残っている。今は鼻に来ているようで、くしゃみと鼻水が止まらない。しかも涙目。
 昨日の扁桃腺が無ければ、花粉症にでもなったのか!?とオロオロしてしまいそうだが、こんなに湿っぽい日でもくしゃみが止まらないので、単なる体調不良ということなのだろう。
 心身共にズタボロでございます。いったい私は、いつになったら道場に行けるのだろうか?(^^;;
 まぁ、愚痴ばっかり書いていても退屈なだけだと思うので、例によってみどりさんをご覧ください……って、そろそろどこかから何か言われる頃かな?(^^;;


2004/3/29(月)

 ちょっと暖かくなったと思って薄着をしていたら,喉が腫れてしまった.怠くて仕方がないので早めに床についたところ,13時間ほど眠ってしまった.


2004/3/28(日)

 今の私に最も必要なのはサイコセラピストでもなく、宗教家でもなく、厳しい武道の先生だということを実感。こんな状態では、一度、ボロ雑巾になる必要がある。
 気がゆるむと甘えが出てくる。そこに「魔」とも言うべき心理の隙間ができる。その間隙を埋めてくれるのは、鬼として立ちはだかってくれる圧倒的な力を持った先生だ。徹底的に潰して欲しい。
 今の私にとっては、それが一番癒される。


2004/3/27(土)

 唯一の楽しみだったK-1は退屈だったし、プロレスはブックが不可解だしで、ちょっと不完全燃焼って感じ。
 ただ、試合慣れしてきたら、誰が曙に勝てるんだろ?とは感じた。


2004/3/26(金)

 水周りのコーティングをして黴が出ないようにし、フローリングに油性ワックスを塗って体育館並の強度にし、壁面は全てコーティングをして埃の吸着が起きないよう、オプションの内装工事を手配してきた。
 そして、ロシアで友人から貰った、家を守る妖精の人形を壁にかけ、「守ってくれよ」と一声掛けて残してきた。


2004/3/25(木)

 疲れが貯まっていたらしく、12時間ほど眠ってしまった(^^;;
 ここ数日、歩いていてもちょっとフラフラしていたから、おかしいなぁとは思っていたんだよなー(←気が付けよ


2004/3/24(水)

 驚いた。電車の中で「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 6」を読んでいたら、両隣の人も同じ本を読んでいた。やっぱりファースト・ガンダムだよねぇ。特にランバ・ラル編だから燃えちゃって燃えちゃって。
 この調子で続いたら、ジャブローとか、ソロモン、ア・バオア・クーなどはどうなるのだろうか。すんごく楽しみ。
 ところで、最近、「シャア専用」と銘打った商品が増えてきてるよねー。Webを漁ってみたら、ゲームキューブ&ゲームボーイアドバンスSP、携帯電話、DVDプレイヤー、ジーンズ、パーカー、Tシャツ、ノートPC、USBメモリ、ヘルメット、ライター、MP3プレイヤー、ハンディカム、ギター、掛け時計、ポラロイドカメラなど、いろいろと出て来た。やっぱり、みんな「シャア専用」という言葉に燃えるんだよねー。
 昔からある郵便ポストとか、消防車、還暦祝いなどもシャア専用を名乗ってみると、世間のガンダマーからクールだと思われるかも(^^;;。
 そうなると、私もオリジナルのシャア専用が欲しいなぁ。Etherwaveを赤く塗り、黄色い●を描いてシャア専用テルミンにしてみるとか……。


2004/3/23(火)

 モスクワにあるコミック・マンガ専門出版社の編集長が来日.今回の目的は,自分たちの作品の売り込み,日本の作品の翻訳・出版権の獲得,4月末にモスクワで行われるコミック・フェスティバルに日本人漫画家を招待することである.
 しかし! 来日するという連絡が来たのは何と一週間前(^^;; どないせーっちゅーねん! しかも,フェスティバルの開催まで,あと一ヶ月! ちょっと凄い話である.
 とはいえ,マンガという文化を通した日露文化交流という名目での来日になっているとのことで,お役所筋の了解も得ているようで,一応は重要人物の来日ということになっている.そのため,国際XXXXの人が付きっきりで案内し,都内各所を回っているようだ.
 私とその人物(X氏としておく)との予定が合うのは今日だけだったので,夜に池袋で会うことになった.集まった面子は,私,そのX氏,そして村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」をロシア語訳し,遍歴者賞翻訳部門を受賞したK氏の三名.
 まず,市場調査と資料集めが必要ということで,ジュンク堂のB1Fに行き,人気のある漫画家の画集を購入することになった.実のところ,私は流行のマンガに関しては,それほど詳しくないので,店員さんに人気の作家さん達を紹介してもらい,これもこれもと手にとっていたら,信じられないほどの物凄い量になってしまったが,X氏は根性で持っていった(^^;;
 ところで,そのマンガやアニメのフロアに,ユーリ・ノルシュテインやチェブラーシカの書籍が大量に置かれていて,日本でロシアのアニメーション作品の人気が非常に高いという点に驚いていた.何でも,昨日はジブリ美術館に行ったのだが,そこでノルシュテイン展が行われていたことに大変な衝撃を受けたという(ロシアの美術館に行ってみたらジブリ展が開催されていたような感じだよね).
 その後,居酒屋に場所を移し,日本の商習慣とか,今後問題になってくるであろうと予想される点を説明した.X氏が最も翻訳して出版したいと考えているのは,Dで始まる有名な作品なのだが,かなり慎重に交渉をしないとまとまる話もまとまらないことだろう.
 そんなこんなで,長時間(本気で長時間)に渡っていろいろと話をしたところ,何とか理解してくれたようで,モスクワに戻ってから,改めて日本の商習慣に沿った手続きを開始するということで決着はついた.
 だが,最後に残った問題は,フェスティバルへの日本人漫画家の招待である.何でも,普段はサザビーズのオークションが開催されるような,由緒正しい豪華な場所を確保し,欧州各国からも何人か呼ぶことが決まっているとのことなので,どうしてもマンガでは世界の先端を行っている日本から作家を招待したいとのこと.
 しかし,あと一ヶ月しかない…….招待状やビザに関しては,最大限の優遇措置が取れるようにしてあるし,滞在費などはすべて向こうが負担するとのことなのだが,果たしてこの話はうまく進んでくれるのだろうか? X氏とは旧知の仲だし,彼の今後の仕事にも影響することなので,ちょっと心配.
 というわけで参加してくれる漫画家さんを広く募集!


2004/3/22(月)

 やっぱり苦手な物からいつまでも逃げているわけにもいけないし、逃げ切れないということもわかったので、最近、「世界史」の学習と、「宗教思想」の勉強をしている。
 世界史は本を買い込んでの独習だが、宗教思想のほうは専業の牧師さんにお願いして、マンツーマンでキリスト教について教えてもらっている。今は「何でも良いから信じなさい」では通じない時代である。したがって、教義を教えることも布教活動の一環でもあるので、無料でお願いできている。ありがたいことだ。懇切丁寧に教えてくれるので、まったくわからなかった物が少しずつわかり始めてきている。とても興味深くて面白い。高校の時の「倫社」の授業がいかに滅茶苦茶だったのか、そしてなぜ退屈だったのか、その真相がわかってきた。
 私が教えを請うている先生だけの見解かもしれないので断言はできないが、宗教に関していえば、伝統的な宗教はポストモダンの文脈の中で如何にしてその存在意義を見いだしていくのか、その点に苦心しているようだ。科学的合理主義の中で宗教は存在意義を失いかけていたが、ポストモダンの流れによって全てが混沌としてきたため、宗教にも生き残る余地が出て来たようにも思えてきた。しかし、そんな中で、混乱に乗じてニューエイジやカルト教団といった怪しすぎる集団(というか害悪の集団)が跋扈することにもなってしまった。それらに対抗しながら、カルトのように人心を操ることなく、如何にして本来の教義や伝統、文化を後世に残して行くのか……。
 確かに、宗教の教義を、日本における儒教のように、単なる倫理・道徳の規範として割り切って広めて行くという方法を使えば、それはそれで楽なのかもしれないが、宗教を宗教たらしめる「信仰」の問題をどう扱うのか、その点が難しくなってくる(それにしても儒教や道教が立派な宗教であることを知らない人が意外と多いというのには驚かされる)。
 「信仰」とは、「信頼」とも置き換えることができる。たとえば、イエスを「信頼」し、イエスの弟子となって教えに従うことが、すなわちキリスト教の「信仰」である。
 この点に関してはわかりやすい。私は武道の先生を「信頼」しているし、それだからこそ入門して弟子になっている。だから、先生の言うことに従うことができる。宗教もこれと同じ図式で、教義や教祖を「信頼」し、全面的に従うことが出来るのか、それが出来た時の状態を「信仰」と呼ぶことができるというわけだ。
 しかし、すでにこの世にはいないイエスという人物を信頼することができるのかどうか、その点が問題だ。「お前は信頼できる?」と問われても、「そんなもんは知らん。でも、将来的にはどうなるかはわかんない」としか答えられない。
 まぁ、こんなものは無理に答を絞り出すべき問題でもないので、永遠に棚上げにしておくのが無難なところだろう。私の「信仰」は、武道であるということにしておく。


2004/3/21(日)

 いかりや長介――ミュージシャン、コメディアン、俳優として優れた経歴を残していた。ドリフターズがビートルズの前座として出たという話は有名だ。そしてコメディアンとしての功績と、俳優としての実績を否定する人はいないだろう。
 そして、あまり知られていないことだとは思うのだが、いかりや長介は、柔道六段という優れた武道家でもあった。
 マルチな才能に恵まれ、どの分野でも素晴らしい実績を残してきた人だったのだ。
 私も武道をたしなみ、音楽を趣味とし、それなりの仕事もしてきている。しかし、私のしていることなど、それらのどれをとってみても、いかりや長介の足下にも及ばない。
 ここまで圧倒的な差があると、自分が小さいなどという考えなど起こらない。ただひたすら、いかりや長介の大きさだけがわかる。


2004/3/20(土)

 チェブラーシカの字幕を担当したみみこさんの一時帰国とチェブラーシカのリバイバル上映開始をネタ(?)にして「チェブラーシカ会議」が行われた(要はオフ会)。
 参加者は、みみこさんのサイトにあるBBSに集うチェブ・マニア十数人。
 まずは渋谷のロゴスキーで、みみこさんの一時帰国と再会を祝って乾杯と食事。その後、ユーロスペースに移動し、整理券を貰う列に並ぶ。上映は21時から、整理券(入場券)の配布は20時から。我々が行ったのは19時30分頃だったのだが、すでに人が大勢並んでいた。
 整理券の配布が始まる頃には、すでに人の列は劇場に入りきれるだけの人数を超えていた。凄い人気だ。
 整理券を手に入れて、入場時間までの時間を近所のキリンシティで過ごし、そして20:45に入場開始。
 我々は前から二列目を確保することができたが、すぐに椅子はいっぱいになり、座布団を持った人たちが入ってきた。驚くことに、それでも入りきらず、大勢の立ち見が出た。  リバイバルのうえ、DVDがすでに出ているというのに、この人気は何だ。凄いぞ。
 そして上映が始まった。劇場内は最大収容人数の150%を遙かに超えているので、場内は暑くて仕方がなかった。途中でセーターを脱ぎ、Tシャツ一枚になって観ていた。
 そして終わってみると、グッズ売り場は人でごったがえしていた。恐るべし、チェブ人気。しかし、場内ではTシャツ一枚だったのが、外に出てみると息が白い(^^;; この異常さがわかってもらえるだろうか。
 今回、フィルムを一本潰して、リバイバル上映記念キーホルダー購入者には、チェブラーシカのフィルムが配られたのだが、私が手にしたのは、アコーディオンを弾きながら歌っているゲーナのコマだった。ちょっと得した気分。
 とにかく、凄い人気なので、見に行く予定の人は早めに劇場へ行くことを勧める。


2004/3/19(金)

 罰が当たろうが何だろうが、以前から一度指摘してみたかったので、書いておくことにする。
 何と、青島幸男はイエスと同じ境地に達しているのだ!
 ひょっとして、これって常識の範疇だった? そうだったらゴメン。


マタイによる福音書 11章28〜30

疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、私のくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。

マルコによる福音書 1章17

わたしについて来なさい。


だまって俺についてこい 作詞・青島幸男

ぜにのないやつぁ 俺んとこへこい 俺もないけど 心配すんな
みろよ 青い空 白い雲 そのうちなんとかなるだろう
       〜略〜
わかっとるね わかっとる わかっとる わかったら
だまって俺について来い だまって俺について来い


2004/3/18(木)

 部屋にスタンディングバッグを置くのは絶対に止めるようにという忠告を先輩からいただきました。ありがとうございます。やはりご近所とのお付き合いは大切です。ということは、スタンド付きのサンドバッグとか、巻藁もマズイということですよね。

 だったら、話は最初に戻って、やはり音も振動も少ないと思われる砂袋を置くのが最も無難だということになる。スタンドの下にマットを敷けば完璧だろう。よし、これで決まり。
 他のものならともかく、砂袋ならば別にメーカー品を買わなくても、麻袋に砂利(石の方が多いやつ)を入れて何かの台に固定すればできてしまうし、それくらいのDIYはできる。たとえば、リサイクルショップなどで木の椅子を買ってきて砂袋を乗せれば、砂袋だけの鍛錬だけではなく、椅子の角材などでも手刀の鍛錬ができるので一石二鳥だ。また、貫手の鍛錬も、バケツに砂利を入れて突けば良いだけの話なので、総予算はわずかで済む。
 うん、我ながら悪くはない考えだと思うのだが、反響はいかに……。


2004/3/17(水)

 春分にはまだ数日あるが、今夜は風が強い。
 二十四番花信風。
 この風によって季節が回り、花が咲くという。
 今は啓蟄の末候で薔薇が、そして次の春分の初候には海棠が咲く。
 文字の上ではわかっているが、実際に二十四節季を体感したことはない。
 長い一生のうち、ちょっとは花を見て過ごす時があっても良いかもしれない。
 風が吹くたびに季節が変わり、咲く花も変わって行く。
 風と花によって季節を感じていた時代もあったということだ。
 もっとも、今は人の服装や慌ただしさ、雑誌の表紙、セールのポスター、雑踏の中に流れる音楽で季節を知るのだが。


2004/3/16(火)

 引っ越し先には拳足鍛錬用の砂袋を設置しようと考えているのだが、同居人には止められ、事情を知る人にも止められてしまった。
 仕方がない、スタンディングバッグで我慢するか……。えっ? これも非常識なの? どうして!?


2004/3/15(月)

 光が丘Walkerから新丸子タウン情報マップへ。

 光が丘Walkerさん、たいへん感謝しております。しかし、決して縁が無くなるわけではありませんし、これからもお世話になりますので、今後とも宜しくお願いします。

 新丸子タウン情報マップさん、これからお世話になります。仲良くしてやってください。


2004/3/14(日)

 人の左足をくわえて飼い犬が帰ってきたら、さすがに驚くだろうね。飼い主様の心中、お察しします。とはいえ、これがなければ発覚していなかった、または発覚が遅れていたかもしれないので、一応は「お手柄」ということになるのだろうか。
 飼っていた犬が何かを持って帰ってきたということはないが、何かを持って出ていってしまったことはある。なぜか犬は私の靴下が大好きで、学校から帰宅して靴下を脱ぐと、それに飛びついて口にくわえて喜び勇んで走り去って行くという変な習慣があった。
 たいていは、一足持っていっても、もう一足があるので戻ってくるのだが、時には持っていった一足をどこに置いてきたのかまったくわからなくなり、消えたままになってしまうこともあった。困ったものだよね。
 というわけで、人の足と靴下ではレベルが違いすぎるのだが、飼い主さんはしばらくの間、悪夢にうなされるのではないかとか、心の傷になってしまうのではないかと、ちょっと心配しているのである。


2004/3/13(土)

 白状すると、私は長州力を崇拝している。希望としては、ピカード艦長のような人格が理想なのだが、いつまでも私の根底にあり続けるのは長州力の生き様だと思う。
 高校生の頃、自分の足下もあやふやで、先のことなど何も見えず、「進路」について書いた作文に対する担任教師からのコメントが「莫迦」の一言だったという「生ける屍」のような生活を送っていた時、長州力は言った。

俺はお前の噛ませ犬じゃない!
 実力で勝負しろ、暗黙の序列なんて糞食らえという長州力の怒りを見て、規則だの世間体だのといった抑圧の中で身動きが取れなくなっていた私は、「ああ、これってやっても良いことなんだ」と目が覚めたような気がした。
 それから長州力は、滅茶苦茶ながらも自分のやりたいように全力疾走してきた。その姿勢は、常に私のスーパーヒーローであり続けることになった。
 曰く、
  • 俺の人生にも、一度くらい幸せな時があってもいいだろう
  • 俺はお前のベルトが欲しいんじゃない!お前をぶっ倒したいだけだ!わかるか!
  • ジェラシーだ。ジェラシーが俺にそうさせたんだろうな。
  • ドームでUを消してやる!
  • 夢を持て夢を実現させよ。夢なき者は去れ。
  • もしもアウトなら、その時は俺がアウトだって言う!
など、私にとっての金言を残してきてくれた。
 そして、今週の「ゴング」で久しぶりにインタビューに答えている。その中でこんな事を言っていた。
 ただ野望だけは常に持ってるよ。やる時は五分と五分。小さかろうが、苦しいから使ってあげましょうか、なんてクソ喰らえですよ。どっちみち潰れるんだったら、プライドと価値観、そういう姿勢を持って潰れますよ、俺は。
 五十代の中盤にさしかかった男が、これだけの自信を持って、これだけ格好の良いことを言えるか?
 長州力だから、言える言葉なのだ。長州力だから、中身のある言葉だと納得できるのだ。だから、長州力は凄いのである。


2004/3/12(金)

 ついに今日、「転出届」を出してきた。月曜日には川崎市に「転入届」を出す。光が丘には、まだ二ヶ月近くいる予定なのだが、行政上は仮住まいということになる。
 この十年近くの間に起こったこと、知り合った人達が「懐かしい思い出」になってしまう時が近づいてきている。そんな視点から周りを見てみたら、慣れ親しんでいた周囲の風景が、いつもと違ったものに見えてきた。私がここからいなくなっても、この日常の風景は変わらないまま、ずっとこのままであり続ける。それだけで、取り残されたような気分になってきた。
 もちろん、そんなものは過剰に反応しているだけの、甘い感傷でしかないことは重々承知している。電車に乗れば、たった一時間で来られる場所なのだ。しかし、一度感じてしまった「取り残された気分」は、そう簡単には消えないだろう。
 これが実際に転出して、ちょっと時間が経てば、再びこの変わらぬ風景を見て「戻ってきたんだ」と嬉しく思えるようになるとは思うのだが、それまでの移行期間がしばらく必要になることだろう。


2004/3/11(木)

 4月の下旬に名古屋で行われる後輩の披露宴において、テルミンを演奏することになったということは、すでにどこかに書いたと思う(書いている場所が多いから全体を把握できなくなっている)。そして曲は、ジョン・デンバーの「Take Me Home, Country Roads」で、ピアノとの合奏ということになった。
 ピアノを弾いてくれる人が名古屋に住んでいるので、リハができるのは前日のみという凄い話なのだが、スコアはすでに送ってあるので、次にお互いの担当パートと掛け合いの打ち合わせを文書で行うことになった。
 以下に示すのは、私が書いたものだが、改めて読み返してみると、必死でイメージを伝えようと四苦八苦している点が笑えるので、公開してしまおう。
 ちなみに、これで実際の演奏がイメージできる人っている?


 歌詞に合わせてパート割りの構成を練ってみました.
 掛け合いは,テルミンが追いかけたほうが面白いと思うので,ピアノがまず演奏して,それをテルミンがなぞるということでいかがでしょうか?
 また,テルミン独特の「ヒュルヒュル」音も,どこかで使いたいので,入れてみることにしました.

------------------------------------------------------
♪始まり始まりぃ〜

最初はテルミンでゆっくり
Country roads, take me home
To the place, I belong
West Virginia, Mountain Mama
Take me home, country roads


前奏 ピアノのみ


合奏
Almost heaven, West Virginia
Blue ridge mountain, Shenandoah river
Life is old there, older then the trees
Younger than the mountains, flowing like the breeze

掛け合い
Country roads(Country roads), take me home(take me home)
To the place(To the place), I belong(I belong)
合奏
West Virginia, Mountain Mama
Take me home, country roads

合奏
All my memories, gather round her
Miner's lady, stranger to blue water
Dark and dusky, painted on the sky
Misty taste of moonshine, teardrop in my eye

掛け合い
Country roads(Country roads), take me home(take me home)
To the place(To the place), I belong(I belong)
合奏
West Virginia, Mountain Mama
Take me home, country roads

ピアノで演奏.テルミンはベース音をコーラス的に入れる
I hear her voice in the morning hour she calls me
Radio reminds me of my home far away
Driving down the road I get a feeling that I should
of been home yesterday (yesterday)←ここだけテルミンでメロディ

掛け合い
Country roads(Country roads), take me home(take me home)
To the place(To the place), I belong(I belong)
合奏
West Virginia, Mountain Mama
Take me home, country roads

♪おしまい


2004/3/10(水)

 一昨日に書いた私の考えは間違っていた。
 先生によると、気だけが疲れて身体が元気だというのは、要するに心身のバランスが崩れた状態なのだから、そんなアンバランスの状態のまま気力の回復を待つのではなく、逆に何でも良いから身体を動かして疲れさせることで心身のバランスを揃え、身体と心を両方同時に回復させて行く方法の方が良いとのこと。
 うーん、確かにそうかもしれん。まさに目から鱗の答え。長年にわたって経験してきたことから導き出される答えは、やはり説得力が違う。


2004/3/9(火)

 最近、息抜き代わりにちょっとやってみたところ、次第に面白くなってきて凝り始めてしまっているのがオリジナルのスクリーンセーバー作りである。
 スクリーンセーバーを作成するツールがフリーでたくさん出回っているので、それを使って作ってみるのも簡単で楽しいし、VSやHSPのような開発環境で正直に作るのも、プログラミングの楽しみがあって好きだ。
 驚くべきことに、中にはJavaのプログラムをスクリーンセーバーとして起動してくれるものや、FLASHやムービーのファイル、HTMLファイルをスクリーンセーバーにしてくれるものまである。
 特に、HTMLファイルをスクリーンセーバーにできるというのは、凄いことだぞ。現在、Webで再生できるデータの種類は莫大な数にのぼる。簡単なところではGIFアニメやFLASH、それにJava関係、ムービーに音楽など、何でも貼り付けられる。と、いうことは、それが全部スクリーンセーバーに出来てしまうということなのだ。凄い世の中になったものだ。
 というわけで、何かとオリジナルのスクリーンセーバーを作っては楽しんでいるのだが、ではなぜ私がそれらを外に出さないのか? なぜかというと、私の作るスクリーンセーバーは、同居人によると「これを作って何が嬉しいの?」というものだったり、「絶対に人には見せられません」と言われるものばかりだからである(^^;;;;;;


2004/3/8(月)

 少なくとも道場では、最もテンションが高くて気合いの声も大きく、いつも溌剌とした元気なヤツでいようと思っているし、実際にそうしている。その状態になれない時には、どうせ集中力も続かないし、動きにも切れが出ないので、休んでしまった方がよい。
 体力的にはどこまででも持ちそうな時であっても、気力がなければ、「外は動いてはいるけど中は死んでいる状態」なので、練習しても上達などしないだろうし、下手をしたら怪我でもしかねない。やはり、身体をどこまで鍛え上げても、最後に効いてくるのは気力だね。
 身体と心を鍛えるために厳しい練習に耐えているのだが、厳しい練習に耐えて身体が頑強になっても、まだまだ気は鍛えられていない。したがって、頑強な気力を得るためには、強い克己心によって、これまで以上に厳しい練習を休むことなく続けていかなければならないというわけである。何だか、卵が先か鶏が先かという話に近い物があるが、心を鍛えるというのはそれだけ厳しいという話なんだろうね。
 百練千鍛。一生修行。生涯精進。上達の道の最果てまで辿り着こうとしても、人生は短すぎる。終わりが無いからこそ、いつまでも続けられる。うまいこと出来ているものだ。


2004/3/7(日)

 今日発覚したこと。
 何と、私の誕生日は間違っていた! ガーン。三十九年目にしてわかる衝撃の真実!
 ひょんなきっかけで親に確認したところ、戸籍上の誕生日と、事実上の誕生日が一日違っているということを初めて知った。
 確か、同居人が印鑑を作る時とかに、生年月日から鑑定して印のデザインを作ってもらっていたはずだ。誕生日が違っているということは、その鑑定そのものに意味が無かったという話にならんのか? その鑑定料はどうなるんだ?
 誕生日などは免許証の更新くらいしか縁のないものなので、特に気にもしていないのだが、こういうことを今まで知らなかったという事実の方が衝撃的なのである。


2004/3/6(土)

 引っ越しが確実なものになった。この十年間で知り合った友人・知人の方々と距離が離れてしまうことになる。しかし、これは決して「別れ」ではない。物理的な距離が少し遠くなると言うだけの話でしかない。したがって悲しいものではない。一度育まれた縁は途切れることはないと信じているからだ。
 「光が丘」は自分にとって、「住んでいる場所」から「いつでも帰ることができる場所」へと変わる。懐かしい故郷が一つ増えるというだけの話だ。
 これまで、このようにして、いくつもの「帰ることができる場所」を作ってきた。サンクト・ペテルブルグに集まるロシアのSF関係者達は私にとって大切な友人だし、光が丘の知り合いも同じく大切な人達だ。
 そして、ネットがある限り、連絡が途絶えることもない。つくづく便利な時代になったものである。それに、この十年間でネットの中にだって「帰る場所」を作ることができるということがわかったし、普段の生活の中では作り上げることが困難な深い関係を保つことができるということもわかった。旅行愛好者仲間、SF仲間、テルミン仲間、格闘技仲間……すべて私にとって、かけがえのない大切な人達だ。
 これから新しい場所でまた新しい関係を作り上げていくことになるのだが、そこに不安はない。出会いは新たな可能性をもたらしてくれるものだからだ。
 旅立ちをテーマにした「スタートレック」の最新シリーズ「Enterprise」のオープニングテーマでは、次のように歌われている。

私は心に信念を持っているから
心の向くままに行く
私は信じるに足る信念を持っているから
何だってできる
私は魂の強さを持っている
だから誰も私を屈服させたり邪魔することはできない
私はどんな星にだって行ける
私には信念が
心に信念がある
 新たな出会いに向けて出発する。そこには不安ではなく、喜びが待っているはずだ。

 ちょっと感傷的になってしまったが、この十年はそれだけ思い出深いものだったということだ。許していただきたい。


2004/3/5(金)

 個人的覚え書き。現在、入手可能で、まともに演奏できるテルミンと価格。

名称価格Webサイト備考
XHT-3\19,800(楽天)void1本アンテナ。スピーカ内蔵
マトリョミン\32,000ここ音量制御無し。小型で最も個性的なデザイン
XMT-2\38,000(島村楽器)ここアンプ、スピーカ付き。2本アンテナでぎりぎりの大きさ
Etherwave\48,800(サウンドハウス)ここ事実上の世界標準機
e-winds\58,000ここ純国産の手作り。スタンドには未対応
Etherwave Pro\99,800(サウンドハウス)ここ未知数の高級機
t.VOX TOUR\120,000ここプロ(リディア・カヴィナ)向けのコンサート仕様。入手困難

 なぜかMoog製とは縁のない私。


2004/3/4(木)

 「和をもって尊しとなす」ということを普段から心がけているのだが、「和」に対する配慮として自分が考えて行ったことが、実際には、その考えが全体にまで至っていなかったがために、自分の望まない方向に物事が動いていってしまうことがあるのだということを実感した。そうなると、実際には自分が望む「和」とは逆の方向に事態が流れてしまう。本意でない結果を導き出した自分の「考え」というのは、そもそも最初から間違っていたのだという結論にしかならない。
 考えてみれば当たり前のことなのだが、実際に身をもって痛い思いをしないと、本当の気配りというものが、いったいどういうものなのか、わからないものだ。
 少なからぬ時間、社会の中で人間をやっているはずなのだが、未だにまったく至らぬ身である。猛反省。


2004/3/3(水)

 これまで、PDFを作成する時には、いったんファイル形式に対応したアプリケーションで開いてからPostScriptファイルとして出力し、それをGhostScript経由でPDF化していた。しかし、OpenOffice.orgをインストールしたことにより、Word、Excel、PowerPointのファイルに関しては、読み込んでから再びPDFとして書き出すだけで済んでしまうので、かなり便利になった。
 まぁ、それ以外のアプリケーションで作ったファイルをPDFなりEPSにするとなると、一回はPostScriptファイルにしてからGhostScriptの力を借りることになるという点については変わりないのだが、それにしたところで大した手間にはならない。
 少なくともAcrobatやその他の製品を購入することなく、ここまで実現出来ているのは、GhostScript(GSViewも含む)や、OpenOffice.orgのおかげである。オープン・ソース・ソフトウェアの開発に携わっている方々全てに対して感謝。


2004/3/2(火)

 私は立派なテルミニストを目指して修行をしているつもりだ。生涯、テルミンをメインとして練習して行くつもりでもある。
 しかし、最近、何かが違ってきているような気もしている。なぜだ?
 最初は、MTRでテルミン練習用の伴奏を作ろうとしたのがきっかけだった。私に出来るのはクラリネットや運指が似ている縦笛類、そして単純なリズム楽器、片手で演奏できるレベルの鍵盤くらいしかない。だとしたら、音色や音域の違う物を用意しなければ……と、止まらなくなってしまっているような(^^;;。
 結局、揃ったものはと言えば……。

  • 縦笛類――クラリネット、リコーダ、ティンホイッスル(2本)、オカリナ、ケーナ、スライドホイッスル
  • 鍵盤――シンセサイザー、ポータブルキーボード、ミニアコーディオン
  • 鳴り物――ワーラー、拍子木
  • その他――カリンバ、ブルースハープ(2本)、大正琴、口琴、電子メトロノーム
  • ソフトウェア――新感覚コンポーザSP-Dia
 しかし、クラリネットとシンセサイザー、大正琴、ポータブルキーボードは前から持っていた物だし、驚いたことに、その他は高い物でも二千円台、安い物は100円ショップで揃えたものだ。持っている割りには金がかかっていないという点に関しては問題ない。
 だが、さて、これらでいったい、どんな曲を選曲して、どんな伴奏を作れば、テルミン練習用の最適なMDなりCD-Rが出来上がるのだろうか? それが悩ましい。


2004/3/1(月)

 オープン・ソースだから良いとか悪いとか、そういう話とは関係なく、ドロー系のツールが付いているという点と直接PDF出力ができる点、そして数式エディタが興味を引くので、Openoffice.org 1.1.0を導入してみた。
 現在のバージョンは昨年の10月にリリースされたものだが、一応は「安定版」とされているものの、まだ危ない点があるかもしれないので、様子を見ていた。それが今になっても特に悪い評判も聞かないので、そろそろかなぁと思ってインストールしてみたのだ。
 早速、Drawを使ってみたのだが、一通りのことはきちんとできるという感じか。これから機能が追加されて磨かれて行けば、驚異のツールになるかもしれない。
 これからしばらくの間、MS-Office関係のファイル関連付けを全部OpenOfficeに変えて使ってみることにしよう。


2004/2/29(日)

 真面目に作業をこなした日は何も報告することもないし、何かを考えたということもない。したがって、今日は何も書くことはない。
 というわけで、そんなネタ無しの困った時なので、みどりさんに登場してもらうことにしよう。ああ、永遠の美女よ……。
 「例の事件」があったため、公の場に出ることは無くなってしまったことは残念だが、それが逆に幸いし、私の記憶の中にあるみどりさんは、いつまでも若いまま、輝いたままなのである。
 現在、みどりさん関係で参照できるものは、CDと写真集「Yellow&Blue」、そして「野球狂の詩」、ネット上に点在するみどりさんの写真だけの存在だが、それだけに昔の記憶は新に昔のまま上書きされ、磨かれて行くのである。


2004/2/28(土)


本籍地

独身時代
 約十年ぶりに本籍地を訪れた。武蔵小杉である。
 分譲マンションの見学に来たのだが、懐かしいので、昔住んでいた場所を訪れた。それが右の二枚の写真である。
 左側が本籍のあるマンションの前、右が独身時代に住んでいたボロアパート(失礼)の前である。両方の距離は歩いて1分。結婚した時の引っ越しは、全部手で運ぶことができた。
 そして光が丘に引っ越してきて約十年。どうやら再び武蔵小杉に戻ることになりそうだ。光が丘は便利な場所だし、この十年間で知人・友人も大勢できた。離れるのは正直言って非常にツライのだが、武蔵小杉での思い出も多い。どちらも捨てがたい。
 これまで続けてきた賃貸生活から分譲に移るというのも、大きな転機だ。そのことに不安が無いわけではないが、同居人が得意とする我が家の出納管理状況によると、今と同じ経済的な条件下で、より広くてより便利な場所に移ることができるというので、全部任せることにした。
 その後、大学時代の先輩と後輩に連絡を取り、溝の口で落ち合って久しぶりに一緒に飲んだ。お互い、十年ぶりくらいの再会なので、昔の話に花が咲いた。大学時代の関係なので、どうしても昔の話にしかならないし、今の話をするにしても昔のノリ(要するに学生のノリ)にしかならないということがわかった。それはそれで、滅茶苦茶楽しいんだけどね。
 神奈川方面には、大学時代の知人・友人が大勢住んでいるので、引っ越したら、これまで少し疎遠になっていた昔懐かしい顔ぶれとの付き合いが増えることになるだろう。
 場所が変われば生活も変わる。当然のことだが、昔なじみの土地だし、知り合いがまったくいないという状態でもない。それはそれで、すぐに馴染んでしまうことだろう。光が丘から出て行くということにしても、新宿まで出れば20分で来られる場所だ。地の果てに行ってしまうというわけでもない。
 全てのことが上手く行ってくれますように。


2004/2/27(金)

 団地のゴミ捨て場に日本語訳の聖書がドンと一冊捨ててあったので拾ってきた。
 バイブルは海外の作品では何かと引用されたり喩えられたりするため、資料としては必須のものだ。しかし、白状すると、英語、ロシア語、ポーランド語のバイブルは持っているものの、日本語訳は持っていなかった。
 だいたい、Webを探せば、各国語に訳されたバイブルがだいたい全部見つかる。当然、日本語訳のテキストもある。そのURLも保管してあるので、紙媒体で持っている必要性をあまり感じていなかったのだ。
 しかし、節ごとに対照させながら参照するには、ブラウザよりは紙媒体のほうが当然便利だ。だから、チャーーーーンスとばかりに即座に拾って持ち帰ってきた。
 セコイとか浅ましいと言いたいのならいくらでも言え。でも、絶対に必要だなぁと思いながらも、訳のバージョンが多すぎて、どれを買ったら良いのか、まったくわからないまま今まで過ごしてきてしまった身としては、全訳が印刷された分厚い本が落ちていることを発見したこと自体が、運命の導きだと感じているのだよ(^^;;;


2004/2/26(木)

 昨年の末頃から悩まされていた腰痛が完治した(と思う)ので、ウェイト系の負荷トレーニングを再開した。
 久しぶりにダンベルとかチューブ、スプリング系の道具を使ったのだが、軽くやっただけなのに軽い筋肉痛を起こしてしまっている。腰を使わないで済む自重での補強とアイソメトリック、そして無負荷でのトレーニングは欠かしていなかったのだが、それだけではやはりダメだということを実感した。
 だいたい、基本中の基本である腕立て伏せや腹筋ですら腰に負担がかかるのだ。したがって、腰に負担をかけない部位の運動となると、前腕・上腕とか大胸筋、足上げ腹筋、握力強化、騎馬立ちや後屈立ちなどのアイソメトリックといった本当に限られたものになってしまうため、上半身の裏側にある抗重力筋が全体的に弱ってしまっているということなのだろう。
 そのせいもあるのだろうか。一時期は感じていなかった背中や首、肩の凝りが再び出てきて痛みを感じている。考えてみると、僧帽筋や広背筋のトレーニングは腰に負担がかかる。腰痛を克服するための方法として脊柱起立筋を徹底して鍛えたのだが、そのかわりとして、その上にある筋肉が衰えてしまったようだ。
 このへんは難しいトレードオフだ。スポーツジムにいる専門のトレーナーさんとかに相談すれば良い解決方法も教えてくれるのだろうが、残念ながら私は通っていないので、本で読んだ知識と我流でやってみた結果がこれである。
 この結果から我流の限界を実感した次第。


2004/2/25(水)

 現時点における私のモスト・フェイバレットな曲は、「a wonderful world」という曲で、テルミンやクラリネットでは練習の時に必ず最低一回は弾くし、他の楽器を最初に手にした時には、まず最初にこの曲で練習を始めて操作方法を覚えるようにしている。
 実はこの曲、数年前にひっそりと放送されたマイナーな深夜アニメの挿入歌なので、この曲を知っている人には未だかつて出会ったことはないのだが、素朴なメロディで味わい深く、しかも曲を演奏する側からすると難易度は低めなので、練習曲としてはもってこいなのだ。したがって、私は自宅にある十種類以上の楽器でこの曲を演奏できるようになってしまっている。
 しかも、この曲にはアレンジの違うバージョンがいくつもあるので、関連するCDを買いまくって全部を集めてしまった。現在、私のPCには、CDから吸い上げた五つのアレンジが入っているのだが、メディアプレイヤーで五つのバージョンを繰り返し再生し続けることすらやっている。
 知らない人にはぜひとも一度聞いてもらいたいので、midiファイルなんかがどこかに落ちていないかと探してみたのだが、結局見つからなかった。残念。
 せっかく複数の楽器で演奏できるのだから、一度、全部の楽器でこの曲を演奏してマルチレコーダでミキシングしてみたいものだ。時間があったらフリーソフトのマルチレコーダでやってみることにしよう。


2004/2/24(火)

 以前、口琴を首から下げているという話を書いたが、今ではそれにプラスしてハーモニカを下げている。小さなものだが、1オクターブは出せるので、簡単な曲なら演奏できる。たとえ出かけている時でも、身近に楽器があるというのは精神衛生的には非常に良い。
 この際だから、携帯できるミニ楽器を揃えてみるのも面白いかもしれない。楽器店に行けば、小さなオカリナとかスライドホイッスル、アイリッシュホイッスル、リコーダ、ブルースハープ、カリンバなどが安い値段で購入できる(とはいえ、しっかりした楽器なら同じ大きさでも値段が数倍になってしまうのでオモチャしか買えないが)。こういった種類の楽器なら、どこにでも持ち歩くことができるので、出先で暇になった時に練習してみるというのも面白いかもしれない。しかし、小型で携帯できるとはいっても、サンバホイッスルとかカズーなどは、どこで鳴らしてもうるさいだけで癒されるとは思えないし、タンバリンとかマラカス、鈴といった類の鳴り物系は持ち歩いているだけでうるさいと思われるので、選択には注意が必要だ。
 そうそう、携帯できるといえば、鍵盤系や弦楽器系で小さくてもしっかり演奏できるものは無いのだろうか? ウクレレでも携帯するには大きいからねー。
 で、最も携帯したいと思っているのは、やはりテルミンなのだが、マトリョミンは携帯するには大きいし、イシバシとかフェルナンデスでは演奏できない。WindowsXP上で動作するソフトウェアテルミン「テル民」というソフトがあるのだが、XPが入った小型のモバイル機にこれを入れてタッチパッドで演奏するというのも、モバイルテルミンの一つの形かもしれない。
 ちょっと考えてみよう。


2004/2/23(月)

 どうしてこんなに自分は学習能力が無いのだろうか.
 先週の記録を見てみると,月〜木まで発熱または微熱,それなのに金曜日に練習に行き,土曜日には半ばダウン,日曜日には全身に怠さを感じ微熱があったらしく発汗している.そして一週間が巡り再び発熱.
 結局,金曜日に練習に行ったことが毒にしかなっていないということだ.大事をとるに越したことはないとわかっているのにもかかわらず,無茶とか無理をしてしまう.そして結局,事態は悪い方向へと進むのだ.
 あ〜,自分の馬鹿さ加減が嫌になってくる.


2004/2/22(日)

 今日、「大改造!!劇的ビフォー・アフター」を観ていて思ったこと。
 あの家って、冬になったら物凄い暖房費がかかりそうな気がするんだけど、ほんとうに一人で暮らす家として、あんなに容積の大きい空間が必要になるのだろうか? 夏なら夏で、南側が全部ガラス張りの窓なので、暑くて仕方がなくなるのではないかと思うのだが……。冷房費は半端じゃなくなるような……。
 また、二階の部分までガラスで張ってしまっていて、その部分に直接触れることはできないような構造になっていたと思うのだが、その部分の窓掃除、特に外の部分は、どうやって行うのだろうか?
 パッと見る分には「綺麗になった」とか「スッキリした」で済むのだが、よくよく考えると、やたらに使いづらい家に見えてしまうのだが、私の勘違いだろうか?
 だいたい、あの番組って、やたらに変な工夫とか、奇をてらったようなアイデアが出てくるんだけど、本当に生活の中で便利に使える物なのか?と疑問に思ってしまうもののほうが多い。
 人は家に住むのであって、作品の中に住むのではないという基本的な点を故意に見逃しているような気がしてならないのだが……。
 まぁ、仕込み満載のTV番組に文句を言っても何の意味もないんだけどね。信じている人がいるかもしれないので、書いておくことにしよう。


2004/2/21(土)

 昨日の猛練習の疲れと、午後いっぱい根を詰めて作業をしたせいもあり、夕食後には爆睡。そのまま深夜まで眠ってしまった。一時間ほどテルミンの練習をして再び就寝。


2004/2/20(金)

 まさに正論。毎日新聞の記事より。善意であろうがなかろうが、トンチンカンなことをやっていることに変わりはないはずだ。善意なんだから筋違いでも大目に見て、などというのは、それこそ善意の押し売りにしかならない。


黄色いハンカチ:「兵士の無事願うことと違う」 山田洋次監督

 山田洋次監督の映画「幸福の黄色いハンカチ」をヒントに、イラクに赴く自衛隊員の安全を願って全国に広がっている「黄色いハンカチ運動」について、山田監督は20日、「映画のハンカチは夫婦愛の証し。戦争に行く兵士の無事を願うこととは本質的に違う」と強い違和感を示した。運動を展開している北海道・旭川商工会議所(高丸修会頭)は「善意の運動なのに」と困惑している。
 毎日新聞の質問に山田監督は文書で回答し、「自衛隊員を派兵する町で、黄色いハンカチが見送りに使われるのはとても気になる。イラク派兵が憲法違反ではないかという重要な論点が消えてしまうのが不安だ」と訴えた。


2004/2/19(木)

 個人の特性というものがあるので、得手不得手ができるのは仕方がない。しかし、それを均して行く作業は必要だ。
 実のところ、白状すると、私は社会科が苦手だ。遠い昔の話になってしまうのだが、共通一次試験では、二科目で200点満点の社会科を、世界史と政経で受験して、両方とも50点を切っていたという衝撃の事実もある(^^;;
 そのかわり、数学や理科、国語で補っていたのだが(とはいえ、同じ理科でも応用的な化学と地学は全く駄目)、今でも社会科が苦手なことに変わりはない。特に歴史と経済が駄目。地理とか政治、倫社は何とかやっとついて行けるという感じ。ただ、歴史では、武術史と技術史くらいだったらそれなりにわかっているかもしれない。かなりニッチな分野だが、この分野だったらそれなりに詳しいぞ(^^;;
 同居人はこの逆で、経済には強い。FPの資格を取った時には神々しくさえ見えたものだ。私は未だに株や相場がどのように社会に影響を与えているのか、全くわかっていない。金利や年金の話が新聞に大きく取り上げられても、私には何のことだか、さっぱり理解できない。
 苦手な物だからこそ、勇気を持って克服するという姿勢は崩したくないのだが、これに関してはトラウマにすらなっているような気もするので、これを何とかするのは難しいと言わざるをえないかもしれない。
 しかしまぁ、K先生が「なぁ大野さん、はよ覚えぃや!」とか言いながら竹刀を持って追いかけてくることを想像すれば何とかなるかもしれないが、ちょっとその想像だけはしたくないなぁ(^^;;


2004/2/18(水)

 「決定力」というのは重要だよね。この場合は物事を決める力のことではなくて、これで決まりという何かがあるかどうかという問題のほうね。
 たとえば、ボクシングならフィニッシュブロー、野球なら決め球。「この一発」または「この一球」が有るのと無いのとでは、行動が自ずから変わってくる。
 「この一発」に向けた流れを作って最後には完璧に仕留められるのか、滅多やらたに打って回って倒れてくれるのを待つのかとでは、精神的な余裕や体力の配分が違ってくる。
 この話は個人だけでのものではなく、チームだって同じだ。このフォーメーションとかポジションに入れば必ず行けるというものが有れば、それが自信となり、焦りや緊張に繋がることもないだろう。
 で、これはさらに、スポーツだけに限らず、あらゆる分野に言えることでもある。学問、芸術、語学、何でも良い。何かのジャンルで決め手が有るのと無いのとでは、まるで違ってくるはずだ。
 そして自問してみる。果たして私に決め手はあるのだろうか。
 私の学問は、全て我流みたいなもので、正規に習得したもののほうが少ない。芸妓も泥縄で覚えているような状況だ。そんな私に、「この一発」という自信が持てるものが、果たしてあるのだろうか。
 自問してみても自信を持って答えられるものはない。今からでも遅くはないから、「この一発」を身につける努力を始めてみるのも良いかもしれない。


2004/2/17(火)

 医師の診断では、体調不良でも疲労でもなく、ウィルス性の感冒だとのこと。私が無理をしたとか、不摂生をしたせいではないということがわかって一安心。
 とは言うものの、熱が下がらないのは何とかしないと、何もできないぞぉ。


2004/2/16(月)

 何かおかしいと思っていたのだが、今日になって発熱。一日様子を見たが、下がっていない。頭を冷やして足を温めて安静にしているのが吉だろう。


2004/2/15(日)

 どうも焦燥感や疲労が蓄積しているせいで正常な判断ができなくなっているらしい。こういう時には、とっとと休息を取った方が良い。


2004/2/14(土)

 新築マンションのモデルルームを見学。
 まず聞いたのは防音効果。テルミンは音量調節ができる。縦笛類はそんなに大きな音は出ない。口琴も話し声レベルだ。最大の問題はクラリネットなのだが、窓が二重ガラスになっているうえ、床と天井が三層構造になっているとのことだったので、防音の観点からは問題がないということがわかった。
 次に聞いたのは、天井の板の厚みである。2cmの合板だとのことだったので、フックをねじ込んでサンドバッグを吊るしても十分な強度を確保できるだろう。そして、壁も厚いとのことなので、巻き藁を設置することもできる。
 完璧じゃん!
 しかし、同居人は、そんな観点からしか質問をしない私に対して、完全に呆れかえっていた。
 しょぼん。。。。。。ゴメンよぉ。


2004/2/13(金)

 思い返してみれば、もう二週間ほど稽古に行っていない。
 これでは情緒も不安定になるはずだ。腰も痛いし。暇を見つけて走るなり、シャドウをするなり、型をするなり、いろいろとすることもできるのだが、やはり練習に出かける気にならないほどの焦りを感じている時に、そんな運動などしていられるわけがないわな。
 いい加減、顔を見せないと、先生に言われて一番嫌な言葉である「久しぶり!」攻撃とか、「前回のこと覚えている?」攻撃があるので、そろそろ行きたいのだが、来週こそは時間を取りたいなぁ。
 攻撃衝動などは元から無いのだが、確実にエンドルフィン中毒にはなっていると思うので、そのせいで調子が悪いのかもしれない。


2004/2/12(木)

 日常生活の中で、口琴を革紐で首から下げている。縦笛だとかさばるし、マトリョミンは大きすぎる。口琴は、公共の場所でいきなり演奏し始めたらトランス系の怪しい世界になってしまうのだが、メタリックなデザインが格好良いし、いつでも楽器を持ち歩いていられるというのは、精神的な安定にも良い。
 どうも最近は殺伐とした精神状態になりやすくなっているので、芸術に関係したもの、しかも自分で何かを表現できるものをいつも持ち歩いていられるというのは、安心できる。
 しばらくは、お守り代わりに下げていることにしよう。


2004/2/11(水)

 「忙中自ずから閑あり」。本題とは関係なし(^^;;
 話し合いとか意見の摺り合わせを怠ってはいけないなぁと。あとは、お互いへの信頼。
 これが出来なくなると、各人が100のポテンシャルを持っているとしても、全体の力が100×nにはならず、必ずそれ以下になる。しかし、連携がうまくゆけば、100×n以上の結果を期待することもできる。
 どれだけ情報伝達手段が発達しようとも、結局は人の問題になるんだなぁと。
 このところ、対人間の調整で動くことが何かと多いので、自分に言い聞かせておくという意味も含めて記しておく。(←自分で書いたこと、忘れちゃダメよん)


2004/2/10(火)

 今日も忙しいので、生存証明のみにて失礼。


2004/2/9(月)

 今日は忙しいので、生存証明のみにて失礼。


2004/2/8(日)

 結局、私は何が好きなのか、わかってきたような気がする。
 私は、「何らかの手法で表現されたもの」が好きなのだ。
 ある人は文字で表現し、ある人は絵の具で表現し、またある人は楽器で表現し、フィルムで表現する人も、舞台で表現する人も、立体を作ることで表現する人も、身体全体を動かして表現する人も、話すことで表現する人も、行動することで表現する人も、その瞬間の風景を絵として定着させることで表現する人もいる。多種多彩だ。
 それら全ての手法に、それぞれの特色があり、また手法も様々だし、表現しようとする事も多様だ。したがって、飽きることなど、決してない。むしろ、探せば探すほど、人間に与えられた時間がいかに短いのかがわかってくる。
 私は表現された物が好きだ。その裏返しとして、表現したいとも思う。だから、いろんな事に手を出すことになる。しかし、私には何が自己表現の手段として向いているのか、何をすれば効果的に表現できるのか、まだわかっていない。
 そのようなわけで、まだしばらくは表現方法を探す遍歴は続くのである。ひょっとしたら、一生かかっても見つからないのかもしれないが、探すことだけは止めてはいけないと思う。


2004/2/7(土)

 話が進むときって、本当に雪崩をうったかのようにズンズンと進んでしまうんだなぁと実感。いろいろな所に出歩いていると、そこに出会いがあり、新しい発見があり、新しい話題と新しい付き合いが生まれる。
 人と人との繋がりって、時には面倒くさいし、トラブルも起こるけど、それを恐れてはいけないよね。広がるものも広がらない。
 これも人に課せられた「勇気」の一つなんだなぁと、しみじみと感じる。


2004/2/6(金)

 「力無き正義は無力なり、正義なき力は暴力なり」とは、大山倍達先生の言葉だが、現代社会の中にあっては「たとえ力があっても正義が通らないこともある」ということを実感。
 そもそも「力」という概念が、矛盾するようだが「無力」と化している。普段からどれだけ人の倒し方を修練しても、イザという時にすら役に立たない。いや、役に立ててしまったら、その瞬間に社会的生命や信用を失うことになる。
 まあ、そんな小さなことのために技を学んでいるわけではないので、道場以外で使う場所がないということに関しては気にしていない。それでも足りなければ試合で使えば良いわけだし。だから練習は続ける。
 ただ、もう一生、外で使うことは論外として、見せることすらしないでいようと決意した。
 社会の中での自分のあり方、人前での振る舞い方、良好な人間関係を維持する努力、「義」を大事にすることなど、常に細心の注意を払ってゆかなければならないということを身をもって知った。


2004/2/5(木)

 一、人格完成に努めること
 一、誠の道を歩むこと
 一、努力の精神を養うこと
 一、礼儀を重んずること
 一、血気の勇を戒めること

 私は、今日、五箇条訓の全てに違反してしまった。深く反省。
 K2先生、K3先生、本当に申し訳ありません。先生方のおっしゃる意味が本当によくわかりました。お願いですから見捨てないでください。


2004/2/4(水)

 ネクタイの有害性に関する考察。

  • シュレッダーに巻き込まれたら窒息死する
  • エレベータの扉に挟まれても窒息死する
  • ベルトコンベアなどのローラーに巻き込まれると窒息死する
  • サッシの隙間にネクタイを挟み、中から鍵をかけられたら、冬の時期には凍死する
  • 夫婦喧嘩の際、ネクタイを持って引きずり回される可能性がある
  • 酔った営業マンが頭に巻いている状況は、端から見ているだけで恥ずかしくなってしまう
  • バースディケーキの蝋燭を吹き消そうとする時、火が燃え移る可能性が高い
  • しゃがみ込んだ時、ネクタイの先が路面を濡らしているイヌの小便に触れる可能性があり、毛細管現象で昇ってくることもある
  • 結んだ際に前のほうが極端に長くなった場合、社会の窓から先っぽを出すという下品な遊びができてしまう
  • 先日、公衆トイレで、大便にまみれたネクタイを見つけた。気持ちはわかるが、気持ちは悪かった
  • ワイドスプレッドカラーのシャツでもないのに古くさいウインザーノットというスタイルは、どう考えてもジジくさい
  • 昔はエスカイアノットで結んでいたのだが、意味がないと気がついてプレーンにした。結び方をいくつ覚えても、使い分けるような状況にはならない。覚えるだけ無駄である
  • 高いネクタイをしている時ほど、食べこぼしてしまう可能性が高い(経験則)


2004/2/3(火)

 ネクタイを締めない生活を送っていると、ネクタイを締めるという事自体に対してプレッシャーを感じるようになる。それがスーツとなるとなおさらである。
 だいたい、スーツなど、本当にその場の格好だけの代物で、夏場に汗をかけばすぐにベトベトになるし、冬は寒いし、運動した後の汗ばんだ状態などでは着られたものではない。あれほど非機能的な衣類は他にないだろう(作為的に非機能的に作られた特殊なものを除いて)。そのうえにネクタイとなると、なおさらである。
 だいたい、Yシャツというのもやっかいな代物である。ちょっとバルクアップさせただけで首周りはすぐに入らなくなってボタンがかからなくなるし、腕や胸がきつくなる。特に練習後のパンプアップした状態ではなおさらの話で、シャツが腕にくっついて気持ち悪いこと甚だしい。
 わざわざ不自由な衣類を着ることが「社会に適応した格好をする」ことなのだということであれば、そこまでして社会に適応したいという気は無くなるよなぁ……。
 とはいえ、社会的評価というものも気にしなければならないというのが、この社会で生きて行くうえでの常識である。スーツを着ないことで社会的な評価が低くなる、スーツを着るだけで社会的な評価が上がるなどという単純で馬鹿馬鹿しい価値観がまかり通っている以上、「じゃあ、スーツを着れば良いんだろ!」と不満を言いつつ、スーツに袖を通すことになるわけである。
 なぜこんな内容を延々と書いているかというと、明日はネクタイをしなければならないからである。嫌なんだよー。憮然。


2004/2/2(月)

 緊張が解けて油断したのか、それとも先週の調子で薄着しすぎて冷えたせいなのかはわからないが、どうも風邪の初期症状っぽい。全身の倦怠感と寒気、そしてちょっと熱っぽい。
 今年の風邪は症状が酷くなると長引くらしいので、今日のうちに暖かくして栄養を摂って寝るなりして、初期症状のうちに治してしまいたい。正直、今の状況下で風邪が長引いて寝込んでいるわけにはいかないし、そうなってしまっては困るのだ。
 喉の痛みなどは、まだ無いので、本当に風邪の初期症状なのか、それとも単に疲れただけなのかは判断がつかないが、大事をとって休むに越したことはないだろう。
 というわけで、私は寝る。


2004/2/1(日)

 同居人と一緒になって十年以上が過ぎるが、未だに好みを把握できていない。
 これまで、私は好きなのだが、同居人は一度も見たことがないという物をいくつか見せてきた。スタートレック、落語、歌舞伎、和楽、民族音楽、民族舞踊、能、狂言と見せてきたのだが、だいたい傾向は把握できてきたかな?といったところか。
 スタートレック、落語、歌舞伎、民族舞踊、狂言がOK。
 和楽、民族音楽、能はダメ。
 まだアングラ系前衛舞台とか舞踏、インディー系バンドのギグ、バレエには連れて行っていないのだが、傾向からすると、どれも怪しそうなので、止めておいたほうが良さそうだな(^^;;;


2004/1/31(土)

 なんでだろー。
 音楽では、まずクラシック音楽が聴けない。ジャズはスタンダードとかビッグバンド程度。ロックならたいていはOK。トンガリ系のほうが良いかな。ポップスはちょっと苦手。とか言いつつHIPPOPとかテクノなら聞いていられる。フォークは大丈夫。民族音楽は何でも大好き。
 歌劇では、バレエは大好き。オペラはちょっと勘弁。能は大好き。歌舞伎も大好き。京劇も観ていられる。ミュージカルは演目による。ディスコ、クラブは知らない。宝塚はわからない。帝国歌劇団は好きだけど(^^;;
 スポーツのパフォーマンス系になると、たいていは観ていられるが、エアロビ、チアリーディング、新体操はダメ。スケート系、器械体操、社交ダンス、空手の型、シンクロは大好き。ウインター系とかX系、ボディビルなどは観ていられる。
 このムラって、いったいどこから出てきたんだろう? 自分でも謎。


2004/1/30(金)

 永遠の「我が隣のお姉さん」こと木之内みどりさんの曲「走れ風のように」は、言わずと知れた「刑事犬カール」の主題歌だったりする。
 改めて聞いてみると、歌詞に込められた無謀さとかパワー、後先を考えない暴走は凄いと思う。この無謀さを自分に重ねて、自らを元気付けている今日この頃(もっとも、私はこんなに格好良くはないのだが……)。

走れ風のように 作詞:松本隆

 朝陽を追って旅立つ君は何故
 石ころの道えらぶの
 かかとがすりきれるまで
 走ってゆきなさい
 心の奥で何かがきっと弾けるわ
 立ち止まる時 青春も終わるの
 だからカール 走れ風のように

 埃だらけの坂道を見上げて
 君は何故 休息まないの
 どうしてくちびる噛んで
 青空見るのよ
 何処へと続く道か誰も知らないわ
 額の汗が生きてるしるしなの
 だからカール 走れ風のように

 明日はもう昔だし
 明日はまだ先
 大事なことは今日が二度と来ないこと
 立ち止まる時 青春も終わるの
 だからカール 走れ風のように

 しっかし、実際には、みどりさんも、この歌詞と同じように、本当に後先考えずに暴走しちゃう無謀な人だったというのには驚いたけどね(^^;;


2004/1/29(木)

 疲労がたまってきているため、長めの睡眠をとる必要がある。左足のアキレス腱に痛みがある。というわけで、今日はとっとと休むことにする。
 というわけで、生存証明のみにて失礼。


2004/1/28(水)

 たとえSFの巨匠たるアシモフの言葉であろうとも、「無駄な知識」という概念に対しては、私は断固として異議を唱える。誰かにとっては無駄な知識であっても、他の誰かにとっては常識以前の不可欠な知識であるという可能性だって十分にある。
 ということは以前にもどこかに書いたが、本題はここから。
 今月の月刊空手道の別冊付録が凄い。「これで襲われても大丈夫!? 猛獣vs空手」という題名で、猛獣に襲われた時の対処法が解説してあるのだ。マジかよ?と思って読んでみたのだが、これが意外と面白かった。牛、熊、ライオン、ゴリラ、サメ、猛禽と出会ってしまった時の対処法が書かれているのだが、それぞれの生態や特徴、攻撃方法、弱点などを一通り解説し、「動物をいじめるのは止めましょう」、「勝てません」、「負けるが勝ちです」、「大切に保護しましょう」という結論で終えているのだ。
 これが何かの役に立つのかと言われると、牛や熊、サメなどは役立つかもしれないが、ライオンはさすがに無いだろう。しかし、この冊子は、どう考えても実際に闘うことを前提に書かれているわけではないので、そんなことは問題ではない。
 この冊子は、常識的な観点から、人間の肉体的な能力が、自然界の中でどの程度のものなのかを考察したものだという視点で読んでみると、月刊空手道の読者全員が抱いている希望、すなわち「強くなる」ということの限界を読者に示しているようで面白い。
 また、ゴリラやライオンの能力を読者が知り、人間が素手では絶対に勝てないとわかっていなければ、「自然界における人間の位置」など理解できるはずもないのである。だから、ライオンとの戦い方も、それは必要な知識なのである。
 ね、見方を変えてみるだけで、どんなに馬鹿馬鹿しそうに見えても、決して無駄な知識じゃなくなるでしょ?


2004/1/27(火)

 その場の空気を読めない態度をとる人に対して切れかかった。大人げないと言われるのかもしれないが、その空気を読めない人は、私より二十歳ほど年上だったりするので、この世は始末に負えない。
 人から尊敬を得るためには長い時間が必要だが、尊敬を失うのは一瞬で事足りる。再び尊敬を得るためには長い時間が必要になるが、それでも確実に取り戻せるという保証はない。
 皆様も御注意くだされ。


2004/1/26(月)

 クエン酸とクレアチンとアミノ酸とプロテインの摂取タイミングを計算する日々が始まった。
 稽古が普段よりも厳しいことに関しては、特に文句も不満もないのだが、さすがに生活時間が大きく変わる点については厳しい。まだ21時だというのに眠たくてたまらない。で、眠ろうとしても、体内時計が合っていないので、すぐには熟睡できないし、眠ってもすぐに醒めてしまうだろう。
 最初の二日間は体内時計との闘い、その次の二日間は体力との闘い、それから後は体内時計も合い、身体も慣れてくるのだが、毎日続けるという気力との闘いになる。
 これは試合に似ている。技術を別にすれば、最初は瞬発力と筋力の闘い、次は持久力の闘い、最後は気力の闘いになる。
 いや、試合だけに限らない。何にでも当てはまる。たとえば翻訳を始めると、最初は好奇心と興味で進められるが、中盤になってくると根気が試され、最後は気力と根性の勝負になる。
 その道一筋何十年という人がいるが、モチベーションの維持というのは、それが出来るというだけで一つの大きな才能なのだと思う。


2004/1/25(日)

 明日から寒稽古が始まる。去年は多忙と病気のために一回も出られなかったが、今年は何とか皆勤したい。
 一昨年は、寒稽古の二日目に肋骨が折れてしまい、残りの練習はたいへん厳しいものになったが、意地だけでやり遂げた。
 今年は、多忙な時期だということは確かなのだが、心身共に問題はない。一昨年の事を考えれば、偶発的な事故などが無い限り、皆勤できないはずがない。まぁ、これまで一日くらい寝過ごしてしまって皆勤はおじゃん……という年もあるにはあったのだけど……(^^;;。
 とにかく、多忙な中で早起きして、寒い中、稽古に出るというのは、他の誰でも同じ事である。みんな条件は同じだ。そんな中で根性を見せられなくて、何のために日々稽古しているというのか?
 自分に負ける――そんなチキンにならないためにも、多忙を理由に休むことなどはできない。
 とまぁ、Webでここまで格好の良いことを公言しておけば、後には引けなくなるので、ちょっとは気も引き締まるかなっと(^^;;


2004/1/24(土)

 音楽は大好きだ。したがって楽器の演奏にも非常に興味がある。
 今まで、いくつもの楽器に挑戦してきた。ピアノ、ギター、キーボード、クラリネット、倍音唱法(ホーミー)、テルミン……。
 しかし、本当に得意だと言える楽器はというと……ない(^^;; DTMに手を出したこともあったが、私には作曲の能力とかアレンジの能力が欠けているようなので、既存の曲を聴くだけの装置と化してしまった。
 まぁ、これだけの楽器に手を出し、DTMをやっているうちに楽譜の読み方だけは覚えてしまったという「怪我の功名」もあるにはあったが(^^;;
 ただ、演奏する曲を絞って集中的に練習すれば、クラリネットとテルミンだけは何とかなると思うのだが、それでもアドリブが効くほどの技量があるわけではないので、決まった演奏だけならできるかもしれないものの、ジャムセッションはできないし、アドリブパートが突然回ってきたら、もう何もできなくなってしまう。
 クラリネットの運指で縦笛には慣れているので、アイリッシュホイッスルやリコーダなども持っているが、演奏のほうはクラリネットと似たり寄ったりだ。キーボードを練習したおかげで、左手の操作だけで済む大正琴(親が買って放置されていたのを引き取った)を弾くことはできるが、これも楽譜を渡されてすぐというわけにはいかない。
 いいかげん、何か一つに絞って練習を続けて行くべきだとは思っているのだが、テルミンは絶対に続けるとしても、縦笛類の音も捨てがたいので続けたいし、練習を始めてもう十年を過ぎているホーミーも何とかものにしたい……。
 結局、欲が深すぎるんだよなぁ……。


2004/1/23(金)

 ↓先生の都合を聞いてみるために電話を入れてみたところ、「すぐに来なさい!」とのこと。この後に何か予定があるから今日はあまり練習時間が取れないのかな?と勝手な想像をして、慌てて準備をして直行した。
 しかし、私の想像は見事に外れていた。先生は、手ぐすねを引いて待っていたのだ。それから三時間に渡り、密度の濃いメニューをみっちりしっかりかっちりこなすことになった。
 結局、課題となっていた左ストレートの矯正に関しては、そもそも利き腕でもないほうの腕をメインにする事自体に無理があったという結論にいたり、右にスイッチすることになった。
 実のところ、左股関節の故障のため、左足を前に出して曲げて立っていられないので、今までずっとサウスポーにしていたという事情があったのだが、利き腕でもないほうをメインに使っていても、それ以上の上達は難しいということで、右に切り替えることになったのだ。
 そして、足の位置を変えることで問題になる股関節の痛みに関しては、重心を落とさず浅く構えることで痛みが出ないようにすることになった。
 で、構えを右に変えてみたところ、さすが利き腕だけに身体もしっかりとコントロールできるため、フォームの問題は無くなり、同時に威力も増して良かった良かった……となるはずだったのだが、今度はコンビネーションで問題が出た(^^;;
 スイッチしたということは、これまでとは左右を入れ替えた動きをしなければならないのだ。これまで、ワンツーは右左の順だったのに、これからは左右の順になるのである。
 案の定、ミット打ちを行ったところ、途端に混乱した(^^;; 先生が「ワンツーフック」と言ったら、左・右・左と打たなければならないのだが、今までの動きは右・左・右だったので、回数をこなしていると、今までに染み付いた右・左・右の動きが出てきてしまうのだ。
 一つの問題が解決したと思ったら、また別の問題が……。まぁ、フォームの矯正という根本的な問題に比べれば、コンビネーションのほうは数をこなして慣れれば良いだけの話だけで済むと思われるので、それほど深刻な話にはならないと思うのだが……。
 いや、でも、これまですっとサウスポーだったから、覚え込んでいる動きを消して新たに入れ替えるのは、フォームの矯正よりも難しいかも……。
 ああーーーーーー、面倒くさい話だ。考えるのは止め止め。練習すればわかる話だ。止め止め止め。
 いやー、でも三時間はちょっと凄かった……。しかも、来週は月曜日から寒稽古だし……。


2004/1/22(木)

 小学生の頃から、夏休みの宿題などは、学校が始まる前日になって泣きながら消化するという性分だった。それは今でも変わっていない。
 実は、現在、習っている先生から課題を出されている。
 毎回の練習内容と、その場で受けた注意、そして所感などをノートに書き留め、自分が陥っていた穴、自分で気が付いたコツなどを忘れないようにしておくことで、後で必ず役に立つ記録を残しておくという非常に合理的なものなのだが、実は二回分ほどノートへの記録を貯め込んでしまっている。
 そろそろ先生のチェックを受けなければならないのだが、明日あたりに練習に行こうと思っているので、これから宿題を大急ぎでこなさなければならなくなっている。メモは取ってあるので記録すること自体に問題は無いのだが、「必ず練習をした日に記録しておくこと!」という先生の指示が守れていない。本当に申し訳ないっ!という感じ。
 上達するとか、練習を数こなすとか、そういう問題の前に、この性分を何とかすほうが、よほど重要で、最大にして早急の課題だろう。


2004/1/21(水)

 何だか、いつの間にか、Zero-Oneが結構良い位置にいない?
 川田と橋本が三冠戦をやる(全日の大会だけど)し、WJとの抗争にも入っているし、DSEとの遺恨もできた。一時期、交流のあったノアとも再び絡めば、かなり良い感じになると思うのだが……。
 観に行ったことがある人はわかるだろうが、あの橋本の団体が、素直に楽しめる垢抜けた演出の興業をし、柔道王と破壊王が明るく激しいプロレスをしているというだけでも驚きなのに、それがさらに難しい人間関係が形作られている業界の中で上手いこと立ち回っているというのも凄い。
 世の中、何が吉と出るのか、まったくわからないものだよねー。


2004/1/20(火)

 力を出そうと思って力むと、逆にガチガチになって身体が動かなくなる。頑張ろうと決意を固めると、精神と神経が張りつめて柔軟な発想や効率的な作業ができなくなる。
 いろんな意味で「力を抜く」というのは、非常に重要な概念だ。
 だが、ちょっと試してみるとわかると思うのだが、力を抜くという行為は、簡単そうに見えて実は非常に難しい身体操作である。
 たとえば野球のピッチングやバッティング、ゴルフのスウィング、ボクシングのパンチ、合気道の技など、本当に力を抜くことができるようになれば、驚異的に上達することができる。これは楽器の演奏でも同じだ。ガチガチに力んでいては、まともに演奏などできるわけがない。つまり、みんな「力を抜く」ことを覚えるために、日々の練習に励んでいるわけなのである。
 同じように「気を楽にして」という言葉もよく耳にするが、これも身体と同じ理屈で、実は非常に難しい心理制御である。
 邪念が無く、心配も不安もない「無我の境地」を目指して、ある人は禅を組み、ある人は山に籠もり、ある人は滝に打たれるといった荒行に入る。または心理的な抑圧に打ち勝つための努力をして、やっと平常心でいられるようになる。
 ところで、リラックスとは、身体に緊張がなく、気を楽にした状態のことを言う。
 となると、本当にリラックスすることって、実は滅茶苦茶難しいことなんとちゃうの? 簡単に使われている「気軽にリラックス」という表現は、無理難題なのではないのか?
 ちょっと暇を見つけてシャドーボクシングをしながら、ふと、そんなことを考えてしまった。


2004/1/19(月)

 次なるターゲットとなるロシアの短編をダウンロードした。
 今日から、時間を見つけて、少しずつ読んでいくことにしよう。
 実は、この作品はちょっと難物のようで、私がこの作品に手を付けることに対して危惧する声もあるのだが、これまで無謀を承知のうえでぶつかって何とかなったこともあるし、自滅したこともあったので、結果がどうなろうとも、何を今更という感じで済ませてしまえる話だとしか思っていない。
 そもそも、現在、私が今のようなことをやっていること、今やっているようなことを始めたこと自体が無謀な挑戦だったとも言える。正直、これまで何度も身体を張ってしのいできた。この点についてだけは、良くぞこれまでやってこれたものだと自負している。
 そんな無謀や無茶を何度も繰り返し、時には成功し、時には失敗して今の私があるので、「無謀で上等じゃあ!」という開き直りにも似た、初心に戻ったような高揚感を感じている。
 ふふふ。ビリビリきてるぜ、いえい。


2004/1/18(日)

 最近、ちょっと行き詰まっている感があるので、先生に、
「私の修練と上達は早いほうですか、遅いそうですか」
と正直に聞いてみた。すると先生はすかさず、
遅いっ!
と、容赦の無い一喝。しかし、その後の話があった。
「でも、早く身につけた技は、すぐに忘れてしまいます。しかし、長い時間をかけて覚えた技は一生、忘れることはありません。たとえ技を覚えるのが遅くても、しっかりと人の何倍も努力をして、長い時間をかけて練習を繰り返して身につければ、その技を忘れることは一生ありません。それこそが宝になります」
 私には有り難すぎます。感謝します。


2004/1/17(土)

 エイゼンシュテイン・シネクラブの例会に参加。各時代に作られた戦争映画の描写の中に、戦争に対する意識の変遷が観られて、非常に参考になった。また、ブルィチョフは活字でしか知らなかったのだが、積極的に映画に関わっていたということがわかり、非常にためになった。
 その後、打ち上げ。
 参加したメンバーは、業界的に考えると凄まじく豪華な顔ぶれだった。そのような環境の中で見聞きした話は非常に興味深く、とても面白かったのだが、それらはみな大人の世界の話であり、同時にその人と私との仁義の問題でもあるので、一切公表することはできない。

 言えねー、言えねー、もう言えねー。

 王様の耳は驢馬の耳!

なのである。残念だが、そういうことで。
 とか言いつつ、私も何か話していたような……(^^;;


2004/1/16(金)

 その場に存在して、何かを言うだけで、場の空気を悪くしちゃう人って、確実にいるよね。
 「俺が俺が」って感じで、自分の気に入らない相手にはどんな攻撃でもしちゃうような人。大した理由でもないのに、人格攻撃、皮肉、軽蔑を平気でやっちゃいながら、そのことに無自覚な人。自分だけの価値観を人に押しつけて、その尺度だけで他人の価値をはかる人。平気で朝令暮改や前言撤回、ダブルスタンダードをやっちゃっていながら、本人がそのことに気が付いていない人。ばれているとわかっていながら、嘘をつきとおせば、そのうちに相手が諦めるか、忘れてくれると思っている人。自分の主張を通すためには、小学生レベルの駄々すら辞さず、相手が折れるまでテープレコーダーのように同じ話を繰り返し続ける人。
 上に挙げたような人達には、これまで何回か遭遇したことがあるのだが、どれか一つだけの属性で済んでいる人もいれば、全部が当てはまってしまう困った人もいた。特に誰の事だとは言わんが。
 で、さらに困るのは、それを国家レベルでやっているヤツがいるという点だ。特に誰のことだとは言わんが。


2004/1/15(木)

 実写版「エースをねらえ!」、観てしまいました……。
 やっぱり、テーマ曲を変えなかったのは正解だよね。あのテーマ曲が聴けただけで感動したもんな。
 上戸彩の岡ひろみは、演技のたどたどしさが逆に岡ひろみの不器用さに重なって見え、それっぽくて良かったような気が。
 しかし、竜崎麗香を実写で何とかしようというのには、やっぱり無理があるよな。メイクが恐くてさぁ(^^;;
 で、今になってストーリーを見直してみると、憧れの藤堂先輩は新入生の可愛い子に目をつけて露骨にお近づきになろうとしている煩悩丸出しの男子高校生だし、陰ながら応援してくれる新聞部の千葉先輩はひろみにくっついて写真を撮りまくるという歪んだ感じの追っかけカメラ小僧だし、宗方コーチはむっつりマザコンで時代遅れの根性主義を振りかざす気持ち悪い変態だしで、どう考えてもヤバイ世界じゃないかと思えるのだが……。
 で、来週は観るのか? そんなことは知らん。


2004/1/14(水)

 素朴な疑問。
 人道支援に行っているはずなのに、なぜ自爆テロをしかけられちゃうの?
 必要とされている人道支援を行っているのなら、歓迎されるはずなのにね。
 でさぁ、何で人道支援に出かけるのに銃が必要なの?
 テロが恐いからだって?
 じゃあ、なぜテロをしかけられるの?
 テロって、それなりの主張と覚悟と信念を持っていない限りできないことだよね?
 だから、テロをしかける側は本気だって事だよ。
 それって、全く歓迎されていないってことなんじゃない?
 ひょっとして、歓迎している人達と、歓迎していない人達がいるってこと?
 それって、政情不安定な状態って言わないのかな?
 だいたいさぁ、銃を持って大勢でやってくる人達に好意を持つ事って、普通、できる?
 そんな恐い人達が、助けに来ましたって言ったって、少なくとも私は信用しないよ。
 現実に、こんな事が起こっているなんてねぇ。
 百年後には「黒歴史」として封印されかねないよね。


2004/1/13(火)

 昨日、飯田規和先生が亡くなられた。
 深見弾先生、吉上昭三先生、宮澤俊一先生に続き、ロシア・東欧SFの翻訳に携われてきた先生が、またお一人、他界されてしまった。
 昔から、私にとって、翻訳家の先生方は、海外の素晴らしい作品をみんなに紹介してくれる偉大な存在だった。そんな私が、現在、末席ながらも翻訳に携わっているということを考えると、恥ずかしくなってきてしまうくらいだ。
 翻訳の話については、深見先生、そして山高昭先生から、たいへんためになるお話をたくさん伺うことができ、今でも本当に感謝している。
 そして、深見先生、吉上先生、宮澤先生、飯田先生は、私が最も影響を受けた作家――ストルガツキイ兄弟やスタニスワフ・レムを訳しておられたので、私にとってはヒーローのような存在だったと言っても過言ではない。
 深見先生からは、全生涯に渡っても返しきれないほどの恩恵を授けていただいたと考えている。吉上先生は私のことを叱咤激励してくれた。そして宮澤先生とは公私にわたる不思議なお付き合いをさせていただいた。
 結局、飯田先生とは、最後までお会いする機会を得ることができなかった。本当に残念だと思っている。


2004/1/12(月)

 昨日のミーティングで決まったことをまとめて報告するのと同時に、次の段階に進むための資料を作ったり、協力を依頼する文書を作成しなければならないのだが、夕食を摂ったら眠ってしまった。
 作業はしなければならないと思っているのだが、気力が付いてきてくれない。いかんせん、昨日は緊張しすぎてしまったので疲れが貯まりすぎているようだ。
 とはいっても、できるだけ早いうちにしなければならないことは確かだ。これから作業を進め、出来上がり次第、逐次報告をしてゆくので、しばし待たれよ>関係者

 しっかしねぇ、人と人との交流だけなら公安さんとか、外務省さんに目をつけられるだけで特に問題は無いのだが、海外への送金という問題が絡んでくると、税務署さんとか、インターポールさんがマジで来てしまうらしいので、話がややこしくなるらしい。
 まぁ、これは当然のことなのだが、誰から誰への何のための送金なのかをはっきり記録し、それが証明できるようにしておかなければ、架空口座への振り込みだと思われて脱税の疑惑がかけられてしまうだろうし、最悪の場合、相手側の信用度によっては、逆にこちらが闇資金のプール先だと思われてしまうことさえあるらしい。そんな際には、ヘタをしたらインターポールさんに目をつけられてしまうことになるのだが、そうなってしまうと海外に出て行けなくなってしまうので、今後の活動が何もできなくなってしまう。
 うーん。難しいぜ。


 今日放送されたNHK教育の「ロシア語講座」では、ロシアの格闘家が紹介された。
 まずはビクトル古賀先生。伝説のサンボマスターが動いて、しかもロシア語を話しているお姿を拝見できただけでも感動した。そのうえ、先生がレポーターに教えていたのは、ビクトル投げからの足関節極め! こんな贅沢な映像を見ることができるなんて……。
 次に登場したのは、エメリヤネンコ・フョードル選手。さすがにロシア語の番組だけあり、これまで散々指摘しているエメリヤーエンコ・ヒョードルなどという間違って広まってしまっている表記は使わず、しっかりとエメリヤネンコ・フョードルという正しい表記で紹介していた。また、ロシアでは、文書においては「性・名」の順で表記するということも併せて解説していた。
 NHK教育の番組で、しっかりと解説されたのだから、格闘技関係の報道さんも、いい加減、改めてほしいと思っているのだが……。本気で気になって仕方がないんだよう!
 マイナーな番組とはいえ公共の放送でしっかりとした表記が紹介され、しかもフョードル選手にも通訳が付いているはずだから、そろそろ関係者の間でも、現在の表記が間違っているということに気が付く頃だとは思っているのだが……。
 それなのに、誰も気が付かないふりをして(または本気で誰も気が付かないか)、誰も表記を直さないという状況が続くと、馬鹿にされるのは関係者さん達なんだけど……。


2004/1/11(日)

 合宿でミーティング。
 いろいろと懸案になっている事項を話し合った。
 海外、とくに通貨の信用の無い国に送金するのは非常に難しい。こちらが法人格でも持っているのなら話は違ってくるのだろうが、個人で対応するとなると、どう考えても能力の範疇を越えてしまう。これからやろうとしている事の最大の障害は、この点にある。
 現実的には、何とか方法を見つけて個人でやっていくしかないのだが、その方法を見つけるにしても、これから相手側と根気よく交渉を続け、お互いに納得できる条件で、かつお互いの負担にならないような形態を模索しなければならない。難しいね。


2004/1/10(土)

 道場の鏡開き。
 まずは主席師範による練習。以前にも書いたが、達人の簡単な基本は、凡人にとっては超絶技なんだっては!
 その強烈な練習の後、いよいと樽酒を開けることになった。一応、開けてしまった以上、全部飲むようにという話がどこからか聞こえ、またそんな雰囲気にもなり、その他に大量のビールがあったりするんだが……。
 強烈な運動の後の酒って、回るのが速いんだよー。そんな状態で数時間にわたって酒を飲んだ後、ヘロヘロの状態で帰宅。
 洗濯とシャワーの後、バタリと倒れて寝てしまった(^^;;


2004/1/9(金)

 お医者さんでの診察が長引いてたいへんなことになった。後に待っていた方々には申し訳ないことをした。
 で、その結果、持ち物を没収されそうになったが、それは何とか回避し、二週間後に本格的な「治療」をしようということになった。ううううう。長引く疾病って、たいへんだよね。健康維持には気をつけようぜ。


2004/1/8(木)

 朝日新聞の夕刊を読んでいたら、いきなり後輩の名前が! 何でも登校中の女子中学生に硫酸を
 後輩が神保町でSF/ミステリ専門古書店「羊頭書房」を経営しているという話は以前にも紹介したが、新聞の記事では「神田の古本屋が増えている」という主題で、その背景には脱サラ、転職などの理由で参入する人達がいるという内容のものだった。その中の一つとして、「羊頭書房」が取り上げられたというわけである。
 この店主は、元は建設会社に勤務していたものの、企業グループが会社を一個を丸ごとリストラしてしまったために、仕方が無く古書の世界に入ったという経緯なのだが、本人の嗜好とか性格を考えると、建設会社の営業よりも古書店の店主のほうが合っているように思えるのだが……。
 決して楽に生きているという感じではないのだが、趣味を存分に活かし、自分の裁量で日々を送ることができているというのは、何となくうらやましい。

 そうそう、ノルシュテイン監督の声優デビューには本気で驚いた。夜中に一瞬、目が覚めてしまったぜ(^^;;


2004/1/7(水)

 この件についてご指摘をいただいた。感謝。勉強不足を恥じます。
 この件については、背景をちょっと詳しく説明しないと、私の考えもはっきりと表明できないと思うので、長くなるけど書いてみる。
 結局のところ、問題になっているのは、

第九十六条【憲法改正の手続】
1  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする
の条文なのだが、この文章が曖昧すぎるという点である。だから、この部分をしっかりと定義しようという話になる。まぁ、ここまでは何の問題も無いよね。実際に憲法の中に変え方が書いてあり、全ての法律は憲法を逸脱しない範囲で作られ、曖昧な部分ははっきりさせる。まったくもって正しい。
 ただ、そこから先がややこしい。上の文章をどう解釈して、どう定めるのか、たぶん政党ごとに主張は違ってくるだろうし、各個人によっても違ってくるだろう。「特別の国民投票」とは何か? 「過半数」とは何(全国民? 全有権者? 全投票者?)に対する過半数のことなのか? この点でかなり揉めることになると思うのだが……。
 しかし、今の政局を見ていると、与党組と最大野党がすりあわせを行なって、もし仮に、万が一にでも、落としどころが見つかってしまった場合、提出された時点でほぼ自動的に国会を通過することになるだろう。だが、それでも手続き的には正しい。ここまでは、ちょっと引っかかるところはあるものの、問題はない。
 で、最大の問題は、一体全体、この法律を決めて何がしたいの? という点である。まぁ、これは書かなくてもわかるだろう。あれしかない。岩波現代文庫に「反憲法法令集」という本があるのだが、あの中に書いてある気味の悪い法律を全部、胸を張って合憲だと言えるようにしたいわけなんだろうね(ただ、それって、現状では違憲の可能性が大だって認めていることにならんか? それはそれで問題だぞ)。
 でもさぁ、あの本の中で紹介してある法律って、とんでもないものばかりで、読んでいると気持ち悪くなってくるぜ、実際(^^;; そんなんで良いの?
 だから、今の私の見解としては、「論理的な話として、改憲のための手続きに関する法律を作ること自体に問題は無いと考える。ただ、心情的な話として、現実的に、その先で、立法府において力を持っている連中が何を行おうとしているのか、その意図に関して考えると反吐が出そうになる」といったところか。

 で、ここからが勉強不足だったと認めなければならない点なのだが、今まで何度も同じような議論が繰り返され、試案がいくつも作られながらも、実際に法案が国会の場に出たことはなかった。反対運動とか、世論の反発を買うという危険があったからね。しかし、今の首相は本気で法案を出そうとしているらしい。もし本当にそうならば、首相は意外と根性が座っているということだけは認めなければならないよね。
 ただし、考えている事に対しては反吐が出るんだけど(^^;;
 昨日も書いたとおり、私のスタンスは、「良い代案が無いうえに、まぁ現状では妥当なところかなと思っている」である。たとえ、どんな内容の法案が提出されるにせよ、私がそれを「良い代案」だと感じることは無いだろうなぁと、今から考えている。


2004/1/6(火)

 昨日は、ちょっとアレレッという感じになってしまったが、今日はやっと初暴れができた。
 低くなってしまったテンションを上げる最高の方法は、やはり運動だね。これに勝る方法は無いと実感。私の場合には、運動というよりも暴れると称したほうが事実に近いのかもしれないが、まぁそんなことはどうでも良い。
 もちろん、練習は半端な厳しさじゃないし、そのおかげで身体は痛いし、手の皮はベロリと剥けるしで、もの凄い状態になっているんだけど、そのかわり頭の中はビンビンだぜーー、いぇーい。きゃっほー。ヒューヒュー。ハイホー。ゴーゴーゴー!!!!!(←壊れた
 12月は忙しくて運動する暇もなかったし、正月はだらけていたのだが、やっと元に戻ってきたかという感じがする。


2004/1/5(月)

 いかにしてテンションを上げるのか?
 この問いに対して、いくつかの意見が寄せられた。みなさんのご親切に感謝多謝。
 アドバイスを眺めてみると目的は一つ、とにかくアドレナリンを出すということでは一致していて、

  1. 絶叫マシーンとかバンジージャンプ
  2. 緩やかに長時間身体を動かす(水泳など)
  3. はしゃぎ回ってみる
  4. ホラームービーを観る
  5. プロレスの名勝負を観る
  6. アクション映画を観る
  7. デスメタル、スラッシュメタル、ハードコアパンクなどを大音量で聞く
  8. そこいらにいる◇●§£※を〓■%℃∞*する(←こんなもん書けるか! 犯罪だぞ!)
  9. 一般の日常生活ではあり得ない体験をしてみる(詳細は秘密)
などの方法を紹介された。
 だが、しかし、うーーーーん。申し訳ないが、最後の二つは論外としても、有効と思える手段は無かった。
 まず、私には絶叫マシーンでスリルを味わったという経験が無いのだ。単純に面白くて、フリーフォールに連続して十回ほど乗ったことはあるが、映画のような体験で面白いなぁというくらいにしか感じなかったし、バンジーをやったとしても何のためらいもなく飛び降りて終わりという感じになりそうなのだ。
 次に持久系運動だが、これが私は昔から苦手なのよん(^^;)。瞬発系なら良いんだけど……。
 はしゃぎ回るというのも良いのだが、私がはしゃぐと何をしでかすか、自分でも責任が持てないので、こんな恐いことはしたくはない。
 ホラームービーは大好きだ。スプラッター系とかサイコ系、キラー系が良いよね。やはり、血糊の量が多いヤツのほうが良い。でも、面白いと思える映画や好きな映画は数あるが、本当に恐いと思えた映画って、よくよく考えてみると無い(^^;)。「魚が出てきた日」などは、ラストシーンに本気でゾッとしたが、あれは意味が違う。
 プロレスの名勝負! これは良い! 最高! 絶対にテンション上がる。長州・藤波、高田・越中、ロードウォーリアーズ、鶴田の三冠戦、鶴龍対決、殺人魚雷コンビ、三沢の超世代軍! でもさぁ、録画しておいた過去の名勝負はカセットの山に埋もれているし、サムライTVにも加入していないから観られないのよ(;_;)。
 アクション映画は良いアイデアなんだけど、手元にあるソフトでアクション系というとブルース・リーくらいしかない(「レイダース」はベータのテープとLDで観まくったのだが、DVDは持っていないのだ)。リー様の映画はすでに暗記するくらいに観てしまっているので、動きや演出の研究にはなってもストーリーでは燃えられなくなってしまっている。他のバトル系はリアルなハウツーや試合だから熱心に観ることはできても、燃えないよなぁ……。
 で、音楽なんだけど……。ゴメン。私って、寝る際に、ヘッドホンでメタルとかパンクを大音量で聞きながら眠りに入るという珍しい習慣の持ち主なので、逆にリラックスしてしまうかもしれない(^^;)。
 と、考えてきてみると、普段、私は、どうやってテンションを上げているんだろ? 自分でも不思議に思えてきた……。謎だ。


 おい、いい加減にせいや! ネットなら足が付かないと未だに思っているのか? 甘いね。潔く捕まってくれ。全文を晒す刑に処す(ただ、お調子者がいると危険なので一部伏せ字)。
 こういう輩は早く捕まってくれ。

From: kz*******@yahoo.co.jp
Subject: 新年初売り大特価 7割のソフト¥5000で
Date: Mon, 5 Jan 2004 21:03:22 +0900
X-Mailer: Microsoft CDO for Windows 2000
--------
★今、当店でAの商品を3タイトル以上ご購入頂いた方全員に
お好きな商品どれでも1点無料でサービスします!

※ただし特別商品の表示のある物を除く
===============================

当店自慢のラインナップ!<<最新ソフトが続々入荷!>>
URL http://ya*****.hostio.net/index.htm
●●●●●●●●目玉商品!Office2003Pro日本語版!●●●●●●
  しかもボリュームライセンス版!(認証不要)特別価格\7000!!
  OneNOTE2003J Visio2003JPro Project2003JPro
  Frontpage2003 SharePoint2003 Publisher2003 他      
  最大7枚組みで取り揃えております。           
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
ソリッド ワークス2004入荷!!!!!!!(3枚組み
黒船2003全国版                           (怒涛の6枚組み!)
Adobe Premiere Pro & EncoreDVD入荷!!(WinXPのみ動作)
新入荷!PRO/ENGINEER2003(3枚組)         (売れてます!一押し)
ADOBE/Macromedia各種
Inventor7J
Vector&Render Works10J For Mac Ready!
Mechanical Desktop2004J/CatiaV5R10
                                 他多数。MACもお任せください
全商品リストはHPをご覧ください。
http://ya*******.hostio.net/index.htm


※※今後メールの配信を希望されない方は
ir*****@yahoo.co.jp   までご一報ください。
※※※申し訳ございませんがメール配信用のアドレス
kz*******v@yahoo.co.jp  に受信拒否のメールを頂いても
配信解除することができませんので悪しからずご了承下さい。

追記
 これまで、ふざけた内容のメールを晒す時には一部を伏せ字にしていたのだが、今回の内容は、あまりにもふざけていて、腹が立って仕方がなかったので伏せ字にするのを忘れてしまっていた(^^;;
 そのことを指摘されて慌てて伏せ字にした。
 ところで、これを読んでいるのなら、Yahoo!から、BSAとかACCSで検索してみて。面白いものが見られるよ。ふふふ。


2004/1/4(日)

 TVで放送された「アメリ」を観た。
 ジャン・ピエール・ジュネは好きな監督だし、これまでの作品――「デリカテッセン」、「エイリアン4」、「ロスト・チルドレン」のどれも好きだ。
 だが、「アメリ」を観る気になれなかったのは、女の子の名前が題名ということもあるし、あのポスターのせいもある。配色は確かに異様だが、可愛い女の子が微笑んでいるというデザインが作品への先入観を抱かせてしまった。
 だってさぁ、あのポスターって、まぁDVDのジャケットもそうなんだけど、『可愛い子が恋をするエスプリの効いた小洒落た小品のラブコメディ』って感じしない? 単館から始まって拡大上映されたというのも、そういう先入観に拍車をかけた。だって、ジャン・ピエール・ジュネって、私の中では十分にメジャーな監督だったので、単館で始まったということは、やはり路線を変えたのか……と。
 何で「デリカテッセン」のようなセンスの良いブラックSFを作った監督がこんな路線に行っちゃったんだろ? という疑問もあったが、そこは深くは考えなかった。だって、リュック・ベッソンのような例もあることだし……。
 しかし、期待もせずに観たのも良かったのだと思うのだが、確かに『可愛い子が恋をするエスプリの効いた小洒落た小品のラブコメディ』には変わりはなかったものの、何から何まで「変」にできていて、しかも面白かったので、逆の方向に期待は裏切られた。
 なにしろ、登場人物が全員変、細かいエピソードが全部変、ストーリーも変、演出も変で、一筋縄にはいかない。それでいてしっかりと面白い。そしてセンスも良い。
 やっぱり、ジャン・ピエール・ジュネはそういう監督だったのだ。変な先入観を持ってしまっていたことを後悔し、偶然にでも今日、こんな作品を観ることができ、認識を改めることができたのは幸いだったと思った。
 というわけで、「アメリ」は、私の好きな作品の一つになった。


2004/1/3(土)

 コートが古くなったので、新しいものを買いに行った。
 最近のジャケットって、若い子達のスレンダーな体型に合わせているし、しかもピッタリとしたスリム系のデザインが多いので、試着段階で笑ってしまう物が多くて困ってしまった。
 問題は、私の肩と腕の盛り上がりである。
 まず、腕でヤバイものがあった。上腕がパツパツで、試着して腕に力を入れてみたら見事に筋肉が浮き出てきた。これでは恥ずかしすぎる。
 で、腕が通っても、背中で危険な状態になるもの多かった。腕を組むだけで背中の部分の生地が張ってしまい、背中に「ムンッ」と力を入れたら縫い目が裂けそうなものが多かった。身長や肩幅では合っているのだが、身体の厚みでマズイのだ。
 というわけで、ちょっと大きめのゆったりしたデザインのコートを購入するしかないということになり、それならば、これまで問題なく着られていたデザインと似たものにしようという結論に至った。
 結局のところ、これまでと同じブランドの、同じようなデザインのコートを購入することになった。まぁ、他が駄目だったわけなので仕方がないね。
 そこで問題が一つ。これまでと同じブランドで、似たデザイン、しかも色の好みは変えられないので似た色を選んだ……となると、たぶん、新しいコートを着ていっても、それを新調したと思ってくれる人は皆無で、いつもと同じものを着ているなぁと感じる人が大多数を占めるということになるわけである。
 せっかく新調したのにね。気が付いてくれないわけなのよぉ(泣

 あ、毎年やっているロシアから来た年賀画像の紹介。今年はゲンリ・ライオン・オルヂ氏(これは共作用のペンネームだが、送ってくれたのはドミトリのほう)が気を利かせて猿の画像を送ってきてくれたので貼り付けておく。


2004/1/2(金)

 と、いうわけで、一年の計。

 今まで以上にコンスタントにこなしましょう。

 翻訳も雑文も、他の仕事もそうなのだが、いつもエンジンがかかり始めるのが遅く、ぎりぎりになってからスパートをかけるというスタイルでやってきた。しかし、それでは、目標がはっきりと決まっているものに対しては有効であっても、漠然とした目標に対しては何の効果もない。いつまでも経ってもやり始められない。
 というわけで、スパートをかけるスタイルから、コツコツと進めるスタイルへと転身することを今年の第一の目標にしよう。まぁ、本当にこれを実行しようとすると、かなりの精神力が必要になるんだけどね。
 まぁ、今年は不惑の歳にもなることだし、いつまでも無理をしていられるわけでもないので、これまでのやり方を見直すところから、生活の改造を始めることにしようと思っている。
 以上の件、我が永遠のマドンナたる、みどりさんに誓います。


2004/1/1(木)

 明けましておめでとうございます。

 元旦はのんびりと過ごした。
 穏やかな日だったので海辺を散歩し、近くの飲み屋で焼き貝を肴にビール。東京で同じ物を同じ量だけ頼んだら驚くほどの値段になるはずなのだが、本当に安く済んだ。これだけでも十分に贅沢な気分だ。
 そして、ほろ酔い気分で宿に帰り、波の音を聞きながら昼寝。そして夕方には温泉。まぁ、何から何まで贅沢だね。
 ただ、誤算だったのは、退屈するために来るつもりだったので、読めていなかった分厚い資料本(約750ページ)を持ってきて読むつもりだったのだが、楽しく過ごしてしまったので、全く進んでいないという点である。だいたい、通信環境から途絶されると思っていたら繋がってしまったし……(←言い訳になっていない)。
 明日は帰京だが、いつまでも今日のような生活はしていられないので、そのへんは仕方あるまい。
 というわけで、「一年の計は元旦にあり」とは言うのだが、そんなことを考えられるような状況に無いので、正月気分が抜けてからゆっくり考えることにしよう(とはいっても昨年のうちにけっこうたくさん今年の計画ができてしまっているんだけどね)。


前の「昔の独り言……」 次の「昔の独り言……」 最新の「独り言……」

O-NOのページに戻る