蝸牛地帯 ルースカヤ・ファンタスチカ 光が丘Walker

昔の独り言……(37)

もし宜しければサブテキスト(^^;)として同居人の「monologue」もどうぞ.
●他の大野の記録――書き捨て日記「こんな日々を送っている」 | blog「大野の日常
2007/2/28(水)

 今日はコノミさんから言ってもらいます。


 ここで話は変わって!
 またまた「君が代」の話。最高裁でも意見が割れたようだが、

「当人の信念そのものへの直接的抑圧となることは明白」
という意見を私は支持する。この信念は変わらない。そもそも、意見が割れたという時点で、この発言には十分な「一般性」があると考えている。
 それからさー、そもそも「教育」ってーのは、多かれ少なかれ、
「特定の思想を持つことを強制し、児童に一方的な思想を教え込むこと」
ではないのかい? それを一般的には「常識的に無害」な方向でやっているだけという話で。
 で、国が決めた学習指導要領にしたがって、
「歴史観や世界観、社会生活上の信念」
を教えるもんではないのかい?
 だからこそ、教育ってのは非常に重要で、しかも慎重に行わなければならないのではないのかい?
 「君が代」とか「日の丸」とかの、周辺諸国に反感を持たれているデリケートなものを、白紙の状態の児童に刷り込むということの意味を考えた方が良いんじゃないのかなぁ。
 たとえば、アメリカが、国旗に忠誠を誓うという教育をしているらしいのだが、星条旗が世界中の多くの国からどう思われているのかを考えたら、その教訓をちょっとは我が国も考えた方が良いんじゃないの?
 アメリカの国際社会での傲慢さの象徴として星条旗が見られているのと同じように、日本が危険な方向に向かっている象徴として周辺諸国から見られてしまうのは、結果として損だと思うんだけどなぁ。
 こと、デリケートな問題だけに、もうちょっとそのへんに配慮した判決を出して欲しかったね。
 ああ、残念だ……。


君が代のピアノ伴奏命じた校長の命令は合憲 最高裁判決 (朝日新聞 2007年02月27日21時00分)

小法廷の意見は割れた。「卒業式の秩序維持」を強調する補足意見が出る一方、藤田裁判官は「君が代斉唱の強制自体に強く反対する信念を抱く者に、公的儀式での斉唱への協力を強制することが、当人の信念そのものへの直接的抑圧となることは明白だ」として、審理を高裁に差し戻すべきだと述べた。


君が代伴奏命令は合憲、教諭の上告棄却…最高裁初判断 (読売新聞 2007年2月27日23時20分)

 多数意見はまず、ピアノ伴奏を拒否する教諭の考えを、「歴史観や世界観、社会生活上の信念」と位置づけた上で、職務命令で伴奏を命じても、この考えを否定することにはならないと指摘。さらに、ピアノ伴奏は、「音楽教諭にとって通常想定された行為」に過ぎないとし、それを命じる職務命令が、「特定の思想を持つことを強制したり、特定の思想の有無を告白することを強要したりするものではなく、児童に一方的な思想を教え込むことを強制することにもならない」と述べた。


↓教育の危険性と重要性を描いた傑作。

23分間の奇跡
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2007/2/27(火)

 私のかわりにみどりさんから言ってもらいます。


2007/2/26(月)

 本日の私。あわわわわ……。どっかーーーーん


2007/2/25(日)

 本日の私。メールの返信とかmixiのコメント返せずにごめんなさい。本当にヤバイのよ。


2007/2/24(土)

 今日の状態。


2007/2/22(木)

 確かにこの問題に関しては議論が必要だ。
 ネットなどでは、最近だと「ネットウヨク」と呼ばれる方々が増えているので、最初から頭ごなしに否定する意見が多いように見受けられる。曰く、「日教組の共産主義者がヒステリックにわめいている!」という感じ。
 でも、こと「君が代・日の丸」に関して言うならば、思考停止のごとく「言語道断」という内容のことをヒステリックにわめいて議論を拒否しているのは「ネットウヨク」の方々のように思えるのだが。


「君が代」不起立4教諭処分、日弁連が取り消し求める (読売新聞 - 02月22日 01:11)

 卒業式で「君が代」斉唱の際に起立しなかったなどとして東京都教育委員会から懲戒処分などを受けた東京都内の教諭4人が、日本弁護士連合会(日弁連)に行った人権救済の申し立てを受け、日弁連は都教委に処分の取り消しを求める「警告」を行った。
 このほか、停職処分の1人についても処分取り消しを警告した。警告は20日付。警告書は、教職員に国歌斉唱時の起立などを義務づけた2003年10月の都教委の通達を、「教職員に一定の思想を強制するもので、違憲」と通達の廃止も求めている。


2007/2/21(水)

 この国は思想・信条の自由を保証しているのではなかったのか。
 「職務命令に従うのは職員として当然」という意見もあるだろうが、こと「日の丸・君が代」に関しては、非常に微妙な問題をはらんだものであるということを忘れているとしか思えない。こと、「思想・信条」に関することなので、たとえばイスラム教徒に対して「豚肉を食べる事を強制した」というのと同じようなことだと思うのだ。
 単純な「原則論」でのみ判断できない問題なのだ。
 今回の判決は残念だとしか言えない。


「君が代」拒否で処分、取り消し求めた教師敗訴確定へ (読売新聞 - 02月20日 21:01)

 東京都日野市の市立小学校の入学式で、「君が代」のピアノ伴奏を拒否したことを理由に懲戒処分を受けた音楽科の女性教諭が、「伴奏を指示した校長の職務命令は、思想・良心の自由を侵害するもので違憲」などとして、都教育委員会に処分の取り消しを求めた訴訟の上告審で、最高裁第3小法廷(那須弘平裁判長)は20日、判決を今月27日に言い渡すことを決めた。
 最高裁が双方の主張を聞く口頭弁論を開かないまま判決期日を指定したことで、教諭側の訴えを棄却した1、2審判決が確定する見通しとなった。
 入学式や卒業式の国旗掲揚や国歌斉唱を巡っては、起立や斉唱、ピアノ伴奏を拒否して処分を受けた教職員らが、教育委員会を相手取った訴訟が各地で起こされている。一連の同種訴訟で、最高裁が判断を示すのは初めてで、教諭側敗訴となる最高裁の判決は大きな影響を与えそうだ。


2007/2/20(火)

 またまたネカフェに行ったら、2月8日の分に書いた「ぷーどる」ちゃんがいた。相変わらず可愛らしくて、それだけで嬉しくなった。
 で、それだけだったら、何にも面白くはない。なんと、「ぷーどる」ちゃんの横に立っていた女の子の名札には、

「ぱんぷちゃん」

と書かれていた。
 どうやら、このネカフェは源氏名推奨なのらしい(^^;;


2007/2/19(月)

 またまた恐ろしいのでこちらに書くが、blogのほうに、

  • 仮面ライダー電王 良太郎 受
  • モモタロス 受
  • 良太郎 モモタロス 受
などの検索ワードでボンボン飛んできている。
 「仮面ライダーカブト」も腐女子の間で人気が高かったが、電王もかなりの人気のようだ。特に良太郎のキャラがあれだけにねぇ……。
 逆探知すると、腐女子系のblogをたくさん読む事ができて勉強になる(^^;;
 そういえば、人気blog「今日の早川さん」の本日付けのエントリがその話題だったので、参照されたし。
 「となりの801ちゃん」は読んだのだが、私には801も百合もよくわからん……。

となりの801ちゃん
となりの801ちゃん
  • 著者: 小島 アジコ
  • 発売元: 宙出版
  • 価格: ¥ 1,050
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2007/2/18(日)

 恐ろしいのでこちらに書くが、blogのほうに、

Лоли

で飛んできている人達がいる。
 これはキリル文字でそのまま「ロリ」と書いたものだが、決してナボコフの「Lolita」ではなく、日本のヲタク間で使われている用語「ロリ」のことである。
 要するに、ロシアのヲタクが「Лоли」で検索しまくっているということだ。
 いや、人の趣味に口を出すという野暮なことはしないが、趣味の探索に関しては、人はどれだけでも時間と労力を使えるんだよねー。
 いやー、改めて実感しましたわ。
 ……と、ロシアのサイトを検索しまくっている私が言う。(^^;


2007/2/17(土)

 今日のウルトラマンメビウス、ちょっと凄すぎ。
 北斗星司が巨大な月を背景に、

「夕子。行くぞっ!」

との一言でウルトラマンAに変身するシーン、大感動だった。格好良すぎる。全身がゾクゾクしたよ!
 しかも、最後に、まさかと思ったら南夕子が登場! 相変わらずお美しい。
 もうお腹いっぱい!

しかし、メビウスはオールドファンにとって非常に憎い作り方をしている。この前のウルトラマン80が出た回では思わず涙が出て来そうになったし、今日のAも感動しまくった。次回のジャックでは、どんな演出を用意しているのか、楽しみである。


2007/2/15(木)

 私が初めて手にしたパソコンは、CASIOのFX-602Pである。パソコンというよりもプログラム電卓なのだが、今で言うパソコンの概念を全て満たしているので、こう呼んでも良いだろう。
 それを現役のまま、ずっと使い続けてきたのだが、ふとした事で表示部にクラックが入ってしまい、使えなくなってしまった。だが、ひょんなことで人から譲ってもらえたので、たいへんに助かった。
 アセンブラ的な命令を持っており、ちょっとした応用計算ならたいていはプログラムできる。私としては可愛くて仕方がないポケコンなのである。
 計算マニアの私としては、本当に嬉しい。
 私が学生の頃には、いわゆるパソコンとかワンボードマイコンを買うお金が無かったので、初めてPC-8801を買うまでは、ずっとプログラム電卓かポケコンだった。
 私にとってのプログラム体験は、FX-602PとシャープのPC-1500から始まっている。
 今からすると、いきなりパソコンというリッチな環境から始めなくて良かったと思う。これらのおかげでCPUの仕組みとか、アセンブラの構造を知る事ができたからだ。
 さて、FX-602Pは新しくする事ができたのだが、PC-1500は壊れたままになっているので、新しいのが欲しいのだが、誰か譲ってくれないだろうか……。
 思い入れがかなり強いのだ。


2007/2/14(水)

 

「柳沢厚生労働大臣 素直に辞めるアナタが好き」

と書いたケーキをピースボートがバレンタインデーに送ったという話。
 賛否両論あるだろうが、私はこういうのって大好き。(^^


2007/2/11(日)

 昨日は同居人の誕生日だったので接待。
 本当はアイリッシュバーに行って豪華にする予定だったのだが、体調が悪いという事なので寿司屋に行った。
 天ぷらを食べたのだが、油を受け付けない体質になっているので、たった三つ食べただけで後になってダウンしてしまった。
 胃腸が弱っているねー。


2007/2/9(金)

 昨年の2月6日以来、ずっと更新ができなかった「蝸牛地帯」のニュースをとりあえず再開した。本当は、十年かけてゴチャゴチャになった構成を整理したかったのだが、やってもやっても終わらないので、更新だけでもしようと思ったのだ。
 ニュースは、思い切ってblogにした。これまで、ニュースの更新は全部手動でやっていたので、それなりに大変だったのだが、blogにしたことで作業の大半が自動化されるのでかなり楽になるだろう。RSSリーダで自動的に取ってくれるので、ユーザーさんもわざわざ巡回しなくて済むし。
 本来なら、全部のページをオーサリングツールで作ったほうが楽になって良いのだろうが、十年前に手打ちのHTMLで始めて以来のことなので、ツールを買うのも面倒くさくなってしまっていたりする(^^;;。
 いい加減、楽にする事を考えよう。
 え? この日記? いやー、blogがこれだけ普及する前にWeb日記とともに並行して始めてしまったので、過去ログの管理とか、訳がわからなくなっていることを考えると引くに引けない状態になっていたりするというのが実情だったりする。
 でも、全部のデータと表示を管理できる場所なので、ここは残しておくつもり。
 このへんがテクノマニアの悪い癖で(^^;;。

そうそう、今日もネカフェに行ったのだが、「ぷーどる」ちゃんはいなかった……。


2007/2/8(木)

 現実逃避のためにネットカフェに入った。
 受付のバイトの子が、ツンデレ系を思わせるちょっとキツめの顔立ちをした可愛くてちっちゃなショートカットのメガネっ子(この描写はくどいな)だったので、「オッ!」と思って何気なく名札を見たら、

「ぷーどる」

と書かれていた。
 ツンデレ系の外見とはあまりに違う名称なので、これはかなり来た。
 もちろん、笑ってはいけないシチュエーションなので、必死でかみ殺したが。
 なぜに「ぷーどる」なのか? 苗字を隠したいのなら「たなか」でも「すずき」でも「さとう」でも、ありがちなひらがなを並べておけば良いのに……なぜ?
 ちなみに、ここはメイドカフェでもコスプレカフェでもない普通のネットカフェなので、他のスタッフの名札には源氏名ではなく普通に苗字がひらがなで書かれていた。
 なぜに??
 そんなに源氏名が良かったのだろうか? 「ぷーどる」と書くことにアイデンティティを見出しているのだろうか? わからない……。


2007/2/6(火)

 一番許せない存在。それが「バナナ野郎」。
 これは、外は黄色くて(アジア人)、中は白い(アメリカの白人保守派層の考え方)という、何だか訳がわからない人種のことである。最近で有名なのは、TVに出ているケ○ン・クローンだろうか。
 こういう層のおかしなところは、自分がアジアに住んでいて、アジアの中で生きているという視点がまったくない、アメリカのすることはいつも正しいと平気で思っている点である。
 職業上、これまで何人もの「バナナ野郎」を見てきた。アメリカが戦争をやれば「正しい」、負けそうになると「正しくない」と平気で前言を覆す恥知らずが多い。それ以外にも、他の全てにおいてアメリカ視点で物を言い、「お前、わかってねーな」という人を見下した態度を取る点も共通している。
 たいていの場合、「俺様」的な人格が多いので鼻持ちならないし、言っていることはすぐに論破できるくらいの程度の低さなので、お付き合いしても時間の無駄でしかないが、職業柄、そういう奴らに付き合わなければならないこともあるので苦労する。
 よくある例は「日本人というのは×××だからねー」という言い方をする人物である。これは誰もが一度は会った事があるのではないだろうか。おめーはいったい何人じゃっつーの。
 まあ、でも、これはまだ症状が酷くないので、更生する余地はあるかもしれない。
 凄かった例は、「日本のソフトウェア資産の全てはアメリカ発祥である」と言い切った人物だろうか。純国産のソフトウェアがあることや、フリーソフトウェアが世界中の人々によってメンテナンスされていることを「純粋に」知らないか無視しているのだ。MSやIBMがアメリカ以外の国々に仕事を外注しているという事実を無視し、プロダクトをリリースしているのがアメリカの会社であるというだけで「アメリカの手柄」だと言う。Operaがたとえノルウェー製であっても、英語でリリースされているというだけで断言してしまう。Rubyの存在さえ知らないのかもしれない。これでは手に負えない。グローバル化という言葉の正確な意味を知らないとしか思えない。この手の人種にとって、グローバル化とはアメリカ化のことなのだ。
 「世界の常識はアメリカが決める」とまで言い切った人物もいた。放っておけ! こちとら日本に住んでいるんじゃ。「××はもうアメリカでは常識なので、日本でも常識のはずです」……知らんがな(- -;
 「俺様」が昂じてくると、人格までアメリカのニュースに支配されてしまう。MSのOSしか使ったことがないのに、FSFとLinuxのムーブメントを見て入れ込むあまり、最後には「アメリカの最新動向をいつも見ている私が日本でのLinux普及を促したのだ」とまで言い出した人がいた。「Linuxこそが、アメリカが世界を変える御旗になるだろう」とか。
 この人、アメリカ以外からも有力なLinuxディストリビューションがリリースされていることも知らないらしいし、FSFの誇るプロダクトとしてテキストエディタEmacsがあるが、それをメンテして改良したMuleの開発が主に日本人によって行われているのを知らないようだ。ひょっとしたら、リーナス・トーバルズが何人なのかも知らないかもしれない。
 行動規範や思考の規範を自分の中で構築せず、誰かの作った物差しに乗っかるのは楽かもしれないのだが、考える事をやめている時点で「終わっている」と言ってあげよう。
 私は右翼ではないが、確かに日本人である。ちょっとは自分の国に自信を持てっつーの。


2007/1/22(月)

 ネットの世界は多様なので、次々にホットスポットが生まれては消える。
 もともと、私は飽きっぽい性格ではないので、ホットスポットのウォッチを始めると止められなくなってしまい、どんどんハマっていってしまう。
 アンテナのチェックは当然として、「2ちゃんねる」(白状すると私は●を買っている!)や「スラッシュドット」(IDは内緒)、出入りしている掲示板の巡回、各SNSの徘徊、ソーシャルブックマークの閲覧、それに最近は「
増田」(はてな匿名ダイアリー)が面白くて、暇があれば見ている。
 「増田」は、2ちゃんねるほどの匿名性はなく、mixiほどの公開性も無い中間的な位置にあると思われるので、ネット上の「しゃべり場」的な雰囲気になっていて、何だか居心地が良い。
 2ちゃんねるは書き捨て、SNSはちょっと責任を持って、blogは世間体を気にして……と、いろいろと書き込む際の心がけを使い分ける事になっているし、それぞれに特徴はあるが、今の「増田」のポジションって結構面白い。
 2ちゃん化はしないで欲しいな……。


2007/1/19(金)

 所英男選手とのガチスパーエクササイズを明日にひかえ、下記の物を用意した。
 これで万全だ!

  • 着替えとタオル
  • 色紙とマジックペン
  • カメラ
  • コンタクトレンズ
  • スキンクリーム
  • 石膏付きバンテージ
 あとは早く寝て英気を養おう!


2007/1/16(火)

 笑い死にするかと思ったよ。
 バチ当たり??


2007/1/15(月)

 観に行こうと思っているうちに「シルバー假面」の上映が終わってしまった。
 まあ、最近では21時~22時の間には眠ってしまうので、レイトショーはとてもじゃないけど観に行ける時間帯ではなかったのだが……。
 しかし、観たいものは観たいので、思わずAmazonで予約注文をしてしまった。
 映画一回の料金で三話分、しかも大画面で観られたというのに、DVDで買えば一話分が約5000円。確かにディスクは手元に残るんだけどねー。
 実相寺監督作品の第一話だけ買っておけば良いのか、それともやはりコンプを目指すのか……。悩ましいが、観てから考えるようにしよう。


2007/1/6(土)

 時期的にちょっとブラックだが、次のような冗談を思い出した。

 ある男が、別の男を殺そうと思い、猛毒を飲ませ、ビルの屋上から突き落とし、煉瓦で頭をカチ割り、ロープで首を絞め、ピストルで心臓を撃ち抜き、車で轢き、海に突き落としました。
 その男は、泳げなかったので死にました。

 ゴメン。


2007/1/5(金)

 藤谷文子が言っていた。

 お父さん、一度でいいから負けてください。
と。

スティーヴン・セガール主演の映画「沈黙の奪還」。予告広告より。
いやー、笑った(^^)。


2007/1/4(木)

 SNSが流行だが、いろんなSNSに誘いを受けたり、自分から入ったりしてもう訳がわからなくなっている。定期的に見ているのはmixiくらいだが、GREEやプレパ、Yahoo! Daysとか、専門SNSとか、もう数日に一度しか見ていない(数えたら七つもあった。アフォである。招待が欲しい方は私までご一報を)。
 勢いで入ってしまうのは良いのだが、SNSは閉じられた一つの世界なので、それなりに対処して使い分けなければならない。Web2.0と言えば聞こえは良いのだが、じつはWeb2.0はより細かい情報の発信とやりとりが可能になるので、使いこなそうと思うとかえって疲れるというのが実情。
 ネットはリアル以上に気を使うし、リアル以上に付き合いが濃密になるというのは真実だと思う。
 いつまでもネットの事を「仮想」とか言っている評論家は、乗り遅れているんじゃないかとすら思う。


2006/12/29(金)

私は、なぜ男性と女性が全く同じであり、男女の間の素晴らしい違いを否定する人たちがいるのか理解できません。
――マザー・テレサ
 「ジェンダー・イクォリティ」論者の私としては、耳の痛い言葉だ。
 まあ、肉体的な違いはあるので、それは大前提としてある。また、脳の構造も違っているので、考え方や心理状態などに違いがあることも認める。
 しかし、それが職能に影響を与えないのであれば、積極的にボーダレス化が行われてしかるべきだろう。というか、それを否定する意味がわからない。
 実際、私の仕事関係は、昔から男女比がそれほど変わらず、あまり区別もされないところなので、そう感じるのかもしれないが、「男だから」とか「女だから」という理由で区別したり排除するという発想がまずわからない。
 いきなり何でフェミニズムに目覚めたような事を書き始めたのか、と疑問に思われるかと思うので紹介しておく。実は、下記のような診断をやってみて、他の人達の結果と比較して考え込んでしまったからだ。

   男脳女脳診断

 この結果が驚くべきものだった。下記に示す。


あなたのポイントは -75ポイントです。 (男脳度数:87.5%/女脳度数:12.5%)
・ ポイントは、-100~100ポイントで計算され、マイナスが大きいほど、男性脳で、それに対し、プラスが大きいほど、女性脳となります。

120%男性脳
あなたは、まれに見る完全な男性脳の持ち主です。女性にはもちろんのこと、男性からも変わり者と見られがちですので注意しましょう。しかし、自分が好きなことに対して、天才的な才能も秘めています。人間づきあいでは敵対することも多く、友達も多くありませんが、うまく付き合えばきっとあなたの才能は開花するでしょう。


 何と、私の中に女性的な物の考え方は全く存在しないのだ!! 外見が童顔だの女顔だのと言われ、昔は性別すら間違われた記憶があるので、それだけで自分は女性的なのではないかと思っていたのだが、実際にはまったく逆だったのである。
 これを他の人達がやったところ、多くの人達は「男性脳的女性脳」とか「中性脳」、「女性脳的男性脳」という分布(図を参照。クリックで拡大。赤の部分が私の位置)が比較的多い場所にいるということがわかった。そして、芸術関係の人は、男女を問わず、おしなべて「女性脳」の比率が高いということもわかった。
 確かに、私は芸術を鑑賞することが好きだが、芸術を作り出す能力は無い。それはわかっている。だが、あまりにも極端すぎるので、唖然としてしまった。
 友人からは、この結果に対して、「自分のうちの女性性をないがしろにし過ぎてるから精神のバランスが崩れるんだと思う」と指摘された。確かにそうかもしれない。ただ、「ないがしろにしている」のか、「元から資質がない」のかは、今のところわからない。
 ともあれ、極端な端にいるということは、共感できない領域が多いということでもある。これはやはり「マズイ」と思う。何とかしたいと思うのだが、その解決法がどこにあるのか、またはそもそもあるのかどうかは、まるっきりわからない。


2006/12/25(月)

 結婚xx周年を記念し、おめかしして写真館で撮影した。
 参考までに、2000年に撮影された写真も掲載しておく。
 顔が微妙に変わっているのがわかって歳を感じてしまう。

●2006年●2000年


2006/12/24(日)

 「君が代・日の丸」問題。
 強制する前に、自発的に受け入れられるように理解を求めるのが先だろ。
 それができない時点で、最初から「君が代・日の丸」には、国歌・国旗として果たす機能が無いのだと断言してしまおう。
 それを行政命令で無理強いし、従わなかった者たちを処分するなど、言語道断の暴挙だ。行政側が、こんな簡単なことに気がつかず(いや、わかっているのかもしれないが)、「命令」しているうちは、事態は何の進展もしないに違いない。
 第一、「国歌を歌わない自由や権利」は保証されているはずである。罰せられるいわれはどこにもない。
 ちなみに、引用元は「しんぶん赤旗」である。確信的に引用しているので、この件に関してご意見は無用。


「君が代」処分 171人、原告団結成 東京の教職員 取り消し要求

 「君が代」斉唱時に起立斉唱やピアノ伴奏をしなかったとして東京都教育委員会から処分を受けた都立学校の教職員百七十一人が二十三日、処分取り消しと損害賠償を求める訴訟に向け、原告団を結成しました。
 来年二月に東京地裁に提訴する予定で、「日の丸・君が代」にかかわる処分取り消し訴訟としては過去最大規模になります。
 原告団を結成した教職員は、二〇〇三年十月に都教委が「日の丸・君が代」を強制する通達(10・23通達)を出した直後の学校創立記念行事や〇四年春の卒業式・入学式で「君が代」斉唱時に起立しなかったことなどを理由に処分されました。
 都人事委員会に不服審査請求をしましたが、人事委は請求人側が求めた横山洋吉前教育長(現副知事)の証人採用を認めず、今年十月二十五日に審理の打ち切りを通告しました。このため「人事委に公正な審理は期待できない」として提訴の準備をすすめてきました。
 総会では共同代表の星野直之さんが「教育基本法が改悪されたが憲法に依拠して、支援の輪を広げていきたい」と開会あいさつ。弁護団の尾山宏団長が「確信をもってたたかいを進めましょう」と呼びかけました。
 白井劍弁護団事務局長は「一方的観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことは憲法の規定上からも許されない」とした「旭川学力テスト裁判」の最高裁判決を政府が「教育基本法改正後も趣旨は変わらない」と答弁していることを指摘。九月に東京地裁が「違憲・違法」と判断した「日の丸・君が代」の強制は、新しい法律のもとでも許されないと解釈するべきだとのべました。
 東京・教育の自由裁判をすすめる会、東京都高等学校教職員組合、東京都障害児学校教職員組合などの代表が連帯のあいさつをしました。


2006/12/22(金)

 もう何度か書いていることなので申し訳ないが、私は隠れフォーク野郎である。
 普段は「ロックの魂」を自称し、ロックしか聴かない私だが、実はフォークで育った。
 私の実家は美容室で、インターンのお姉さんが二人住み込んでいたのだが、母親が多忙だったのでお姉さんに面倒を見てもらっていた。私のお姉さん好きの起源はそのへんにあると思っている。
 で、そのお姉さんがラジオ好きだったので、その頃に大流行だったフォークの影響をもろに受けていた。お姉さんに勧められるどおりに私もフォークを聞いていた。特にグレープとか吉田拓郎は何かと聴いていた。
 今、NHK BS2で「日本のフォーク&ロック大全集」という番組を放送しているのだが、初めに流れた吉田拓郎の「結婚しようよ」を見て、昔の思い出がわき出してきてちょっと胸が熱くなってしまった。


2006/12/17(日)

「自分の悪いところと他人の良いところを比較しろ。でなければ向上はできない。」
 空手関係のところで見かけて心に残ったので、さっそくメモしておく。
 たいへん重たい言葉である。
 ところで、
Blogにも書いたのだが、私には自罰的な傾向というか、自己卑下する傾向がある。先生からも、自分に関して起きた物事、自分がやった事を「まだまだ」と捉える傾向が強すぎて、それが自分の行動や思考の足かせになっているのだとさんざん指摘されている。
 だから、この言葉もあまり深刻に考えすぎないほうが良いとは思うのだが、しかし慢心とか自己満足に至ってしまっては自分が終わると思っているので、いつも自分への評価は厳しくするように心がけているつもりだ。
 しかし、自分に厳しいのと、自己卑下とは違うだろう。
 それと同じで、自分のしてきたことを評価することと、慢心することとは違う。
 そのへんのさじ加減がわからないまま今まで過ごしてきたので、その結果として今年はたいへんなことになってしまった。今は自分を変えて行く途中にあるのだが、自負や自信という感覚がまだイマイチわかっていないので、それがつらいところ。


2006/12/14(木)

 RSSリーダーを使っているのだが、巡回先のBlogやニュースサイトのヘッドラインを自動読み込みしてくれるので、ブラウザでお気に入りを一つ一つクリックする手間が省けて便利だ。
 だが、ニュースを読みたくない気分の時にでも親切にヘッドラインを読み込んで来てくれるので、それがかえって「あ、ニュースを読まなきゃ」という強迫的な気分にさせられてしまっていた。
 徐々にそれに対してちょっとストレスを感じるようになり、我慢の限界に達したので、RSSリーダーからニュースサイトを全部削除し、更新が緩やかなBlogだけにしてしまった。
 ただでさえ、「情報の洪水」といわれる時期、自分から洪水の中に身を投じてしまうのは、時間をいたずらに浪費し、判断力を鈍らせるだけで良いことなどない。情報を活用するのならともかく、情報の中で溺れてしまうだけで何の得にもならない。
 便利なツールは確かにありがたい存在なのだが、ちょっと調子に乗って活用しすぎてしまったのかなぁ、と反省。


2006/12/12(火)

"You are the one fixed point in a changing age."
-------"His Last Bow", Sir Arthur Conan Doyle

「時代が変わり行く中にあって君は変わらない」

 シャーロック・ホームズが「最後の挨拶」の中でワトソン博士に対してこう言う。
 誰しも時代の流れに巻き込まれ、多少なりとも影響を受けることだろう。中には時代の流れを作ろうとする人もいるし、流れの先端にいたいと思う人もいるかもしれない。
 ただ、何事にも表と裏があるように、時代の流れに乗ることが良いこともあれば、変わらずに保ち続けたほうが良いことだってある。
 実際、この場合、ホームズは、ワトソンの無邪気なまでに常識的な部分を褒め称えている。
 これまで、私はいつも先端を求めることだけに熱心だったような気がする。IT業界やフリーソフトウェア業界のウォッチャーとしてトレンドを観察し、乗り遅れまいと必要以上に神経を尖らせていた。
 だが、そんな短いスパンで一喜一憂するのも考え物だと思えるようになってきた。
 ドッグイヤーと呼ばれるほど流行り廃りの早い業界にあって、本当に価値のあるもの、二十年後、百年後でも廃れることなく残り続けるもの、それを注意深く見極める力が必要だ、二十年後でも通用するものを残すことが重要だと、今さらながらに再確認した。もともと、それが私の望みでもあったはずなのだから……。
 だから、自分に言い聞かせている。

 「ちょっとの変化に一喜一憂するな。その場で圧勝することより、長く勝ち続けることが重要なんだ。」

またまた某所への投稿と同内容。スマン。でも、指摘を受けた部分を少し変えた。


2006/12/9(土)

 う~ん。困ったものだ。
 実は、夏に急激な体重増加を体験し、とってもマズイことになっていたのだが、何とか減量に成功して標準体型になった。
 脂肪が落ちたのは良いことだとしても、同時に筋肉まで落ちてしまったのはたいへんに悲しい。これから稽古して再びバルクアップせねば!
 それはそれとして、急激な減量の結果、困ったことになった。
 私は元々はたいへんな暑がりで、冬のほうが好きだし(いろんな服が着られるし)、暖房もそれほど必要なかったのだが、「肉布団」がxxkgも無くなってしまった結果、今日くらいの気温でも寒くてしかたがない。
 暑がりで寒がりという、訳のわからない困った体質になってしまったとなると、生活がややこしくなってしまうので、何とかしたいものだ。
 やはり、筋肉を再構築する必要があるね。


2006/12/6(水)

 眞鍋かをりが言っていた。

私、翻訳小説特有の倒置法や体言止めの多い文章って、読むのに5倍くらい時間がかかってしまうんです。
と。

朝日新聞、別刷り特集「2006年 この一冊」より。
ってさー、しゃーないじゃん。どないせーっちゅーねん。プンプン。


2006/12/4(月)

 先生が言っていた。

「眼有って眼なきもの」
万物すべて生き物は、物のかたち、間合いを識別する。
だが物の理非までは眼で見えない。
稽古を積むことで、心の眼で物の道理、勝負の駆け引きの先が見えてくる。
眼で間合いを読もうとしてはいけない。
「見えるもの、聞こえるものに一喜一憂するな。」
と。


2006/12/2(土)

 先生が言っていた。

人の縁とは偶然で始まる。しかし、その偶然が人生を豊かなものにする。縁を大事にしないということは人生を捨てているということだ。だから我々は偶然に感謝しなければならない。
と。


2006/11/29(水)

 先生が言っていた。

人は誰しも弱いもの。強い人はいない。だが、弱いものだからこそ、弱点を克服したときの感動がある。もし強かったら人生はつまらない。
と。

結果的に一部の方には同じ文章を二度読ませる事になってしまって申し訳ない。しかし、これだけは書いておきたかったのだ。


2006/1/12(木)

 さて、日曜日に「萌え」を悟った私だが、それで何か世界観が変わったかというと、実は何も変わってはいない。
 相変わらず、二次元には興味無いし、ショートカットでメガネの女の子がいると「オッ」と思うし、胴着姿の女の子が大好きだ。
 つまり、この悟りはあくまでも小悟にすぎなかったのであって、世界観が変わるほどの視点の転換、つまり大悟では無かったのである。
 私は、そのちっぽけな感覚が得られずに四苦八苦していたというわけなのである。
 何だ、こんなに簡単なことなら、もっと早くに言ってくれれば良かったのに。
 って、感覚の話だから言葉には出来ないんだけどね。


2006/1/8(日)

 同居人と二人で元住吉のブレーメン通りを散策。
 ここは武蔵小杉や新丸子とは違い、ブティックが多い。
 そして、私は今日、一つの大きな悟りを得た。
 それは「萌え」である。
 とあるブティックにディスプレイしてあった洋服を見て、そのあまりの可愛さに、胸がキュキュキュとなった。
 その瞬間、これこそが「萌え」という感覚なのだと直感した。「自ずとわかる」という感覚である。それは、脳の中で今まで使われていなかった「ナイトヘッド」というか、「デッドゾーン」というか、そんな眠っていた部分にいきなり回路が繋がったような感覚だった。
 今まで感知し得なかった感覚を得た事で、私は喜びのあまり同居人にそのことを伝えた。
 すると同居人が、
 「イヤダァーー」
と言うので、私は即座に、
 「二次元で萌えないだけマシだろ!」
と言った。
 同居人は即座に納得していた。
 と、いうわけで今日は私が「萌え」を悟った日として永遠に記念されるべきであろう。


2006/1/4(火)

 今日は「ダーマ&グレッグ」の集中放送をずっと観ていたが、ダーマ一家とグレッグ一家の両極端なクレージーさが、いつ観ても笑える。
 家の雰囲気からすると、我が家の構成では、私がダーマの役で、同居人がグレッグの役だね。一家の雰囲気もそんな感じだし。
 そんなわけで、私はダーマみたいにぶっ飛んでまっせー! キャッホー!!


2006/1/2(月)

 新年明けましておめでとうございます。

 そういえば、昨年の旅行写真をアップしていなかったということを今になって思い出したので、新春蔵出し旅行写真ということで。それぞれクリックで拡大。

●ロシア旅行
プリバルチスカヤホテル海岸から見たバルト海スパス・ナ・クラーヴィ聖堂
吹雪の街中バルト海の夕焼け貰ったお土産

●札幌旅行
北大の教室から見た光景打ち上げ雪の千歳空港


2005/12/29(木)

 たぶん、今年最後の更新になるので、総括をしてみたい。
 今年は、前半がまったくダメで、後半になって少しずつではあるが調子が戻ってきたという感がある。
 今年最初の計で、本年は「蘇」の年にしたいと書いたが、後半になって何とか達成できたかとは思っている。
 来年は、「蘇」からさらに進んで「活」の年にしたいと思っている。


2005/12/28(水)

 個人的今年の重大ニュース。

  1. 冬のロシア初体験
  2. 冬の北海道初体験
  3. Etherwave Pro故障
  4. 「ナイト・ウォッチ」日本語訳発売
  5. ダイエットに失敗し、強烈なリバウンドがきた
  6. tvkのsakusakuにハマる(毎晩の習慣になった)
  7. 腹筋、1000回(100回を10セット)達成
  8. CSI:Miamiにハマり、ホレイショ主任を尊敬し始めた
  9. イクラ二箱(大箱)、一人で食べきる
  10. 映画館に行ったのが一回きりだった
 何だか滅茶苦茶な一年だったかもしれない(^^;;


2005/12/27(火)

 昨日の方法を試してみた。
 足を組んでいる兄ちゃんの前で、思いっきり接近して立ってみた。
 結果は良好だった。バツの悪そうな表情をして、セコセコと足を戻した。これは、自分がマナー違反をしているということを気づかせるのには非常に良い手段だという事がわかった。
 これからも使おう。


2005/12/26(月)

 その電車は混んでいた。
 その男は、混んでいるにもかかわらず、足を組んでいた。
 すると、一人の爺さんが、その男の真ん前、間近に立った。
 男は、足を下ろそうとすると爺さんに当たってしまうため、かなり深く、しかも隣の人に当たらないようにと、端から見たら相当に窮屈な姿勢で足を組むしかなかった。その姿は本当に不自然で、見たら笑ってしまうくらいだった。男は、その時点でばつが悪くてしかたがなかったと思う。
 すると、爺さんが言った。
 「混んでいる電車で足を組むのは失礼だろ!」
 男は、その一言で救われたかのように足を下ろした。
 今では珍しい気骨のある爺さんである。私は胸が空くような思いで見ていた。

 赤井英和がまだボクサーだった頃、電車の中で足を組んでいる奴らの足を蹴って歩いたという話を聞いたことがある。
 私もそれくらいやって回りたいくらいの気分だ。混んだ電車の中で足を組んでいるヤツには本当に腹が立つ。万が一喧嘩になったとしても、そう簡単に負ける気はしないし、実際に負ける事はないだろう。しかし、波風を立てるために武道を習っているわけではないので、それは実行しないでいる。
 なので、今日の爺さんに習い、今度足を組んでいる奴を見かけたら、思いっきり間近に立ってやようと思っている。


2005/12/24(土)

 またまたSFマガジンの記事に訂正が出た。


 実は、「ウォッチ」シリーズは三部作ではなくて、「ドーン・ウォッチ」(早朝警備)が書かれて四部作になるという噂も聞いたことがあるのだが、果たしてこの噂は本当なのだろうか。興味深いところである。
と書いてしまったのだが、今日になって四作目が出たという話が入ってきた(^^;;
 なので、以下のように訂正ということで。

 実は、「ウォッチ」シリーズは三部作ではなく、「ラスト(ファイナル)・ウォッチ」(最終警備)が書かれて四部作になった。


2005/12/23(金)

 フレンズ・オブ・テルミンの会報制作。原稿書きと同時にDTP。家内制手工業で作っておりまっせ!!
 あとは、SFマガジンの「オールタイム・ベストSF」のアンケートを送ったりとか。これは何か文句を言われそうな気もするが、あんまり気にしないでおこう。内容は見てのお楽しみということで。


2005/12/22(木)

 忘年会、二本目ぶっちぎり!!
 楽しく酒飲める状態じゃねー!!


2005/12/21(水)

 S-Fマガジン2006年2月号が発売されるのは24日だが、早売りが明日にも出てしまうかもしれないので、あらかじめ訂正を出しておく。
 映画「ナイト・ウォッチ」に関して、私は原稿に「早い時期の一般公開が待たれる」と書いてしまったのだが、入稿した後になって2006年の4月に公開される予定だということを知った。なので、その部分は「本年四月に一般公開されるので、今から期待している」と読み替えていただきたい。


2005/12/20(火)

 先週の土曜日に北海道大学スラブ研究センターで行われた日本初のロシアSF研究会「ロシア・スラブSF幻想文学の世界地図」に参加したので、報告しておく。
 報告者と内容は下記の通り。

13:00-15:15
第1部 ファンタスチカの系譜
司会:望月哲男(センター)
報告者:
1.久野康彦「В.Ф.オドエフスキーとユートピア小説」
2.越野剛「ソ連時代の核戦争小説について」
3.沼野充義「スタニスワフ・レムの時空間(仮)」
15:30-18:00
第2部 ファンタスチカの表象
司会:毛利公美(センター)
報告者:
4.井上徹「ソビエト映画における夢と幻想の表象の数例」
5.大野典宏・堀浩樹「ボリス・ストルガツキイのセミナーと現代の作家たち」
6.岩本和久「現代ロシア文学とSF的想像力」

 会自体は概ね成功だったと思われる。
 報告者各人がそれぞれの専門の立場からロシアのSFについて貴重な報告を行った。SF論から作家論、作品論、そしてインフォマティブな報告まで,バラエティに富んでいた会だったと思う。
 ただ、報告者の各人が、「SFの定義」に微妙な違いがあることから、「SFの定義」をめぐった話が出てきてしまい、それに時間が取られたことが残念。
 なんにしろ、それぞれの報告の内容が濃すぎて、全てを報告するには時間が少なすぎたという感はあった。
 結局、SFって、語り始める、みんな話が長くなるんだなぁというSF者の熱さを再確認した会だった。


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