2007/6/7(木)
朝日新聞社説より。
こういう監視行動は、明らかに違憲だし、越権行為だとしか思えない。
情報保全隊―自衛隊は国民を監視するのか (朝日新聞)
自衛隊は国民を守るためにあるのか、それとも国民を監視するためにあるのか。そんな疑問すら抱きたくなるような文書の存在が明らかになった。
「イラク自衛隊派遣に対する国内勢力の反対動向」と「情報資料」というタイトルに、それぞれ「情報保全隊」「東北方面情報保全隊長」と印刷されている。文書は全部で166ページに及ぶ。共産党が「自衛隊関係者」から入手したとして発表した。
久間防衛相は文書が本物であるか確認することを拒んだが、この隊がそうした調査をしたことは認めた。文書の形式やその詳細な内容から見て、自衛隊の内部文書である可能性は極めて高い。
■何のための調査か
明らかになった文書の調査対象は03年から04年にかけてで、自衛隊のイラク派遣への反対活動ばかりでなく、医療費の負担増や年金改革をテーマとする団体も含まれている。対象は41都道府県の290以上の団体や個人に及んでいる。
文書には映画監督の山田洋次氏ら著名人、国会議員、地方議員、仏教やキリスト教などの宗教団体も登場する。報道機関や高校生の反戦グループ、日本国内のイスラム教徒も対象となっていた。
自衛隊のイラク派遣は国論を二分する大きな出来事だった。自衛隊が世論の動向に敏感なのは当然のことで、情報収集そのものを否定する理由はない。
しかし、文書に記されているのは、個々の活動や集会の参加人数から、時刻、スピーチの内容まで克明だ。団体や集会ごとに政党色で分類し、「反自衛隊活動」という項目もある。
これは単なる情報収集とはいえない。自衛隊のイラク派遣を批判する人を頭から危険な存在とみなし、活動を監視しているかのようである。
■「反自衛隊」のレッテル
文書によると、調査をしたのは陸上自衛隊の情報保全隊だ。保全隊は03年にそれまでの「調査隊」を再編・強化してつくられた。陸海空の3自衛隊に置かれ、総員は約900人にのぼる。
情報保全隊の任務は「自衛隊の機密情報の保護と漏洩(ろうえい)の防止」と説明されてきた。ところが、その組織が国民を幅広く調査の対象にしていたのだ。明らかに任務の逸脱である。
防衛庁時代の02年、自衛隊について情報公開を請求した人々のリストをひそかに作り、内部で閲覧していたことが発覚した。官房長を更迭するなど関係者を処分したが、その教訓は無視された。
調査の対象には共産党だけでなく、民主党や社民党も含まれている。野党全体を対象にしていたわけだ。
04年1月に福島県郡山市で行われた自衛隊員OBの新年会で、来賓として招かれた民主党の増子輝彦衆院議員が「自衛隊のイラク派遣は憲法違反であり、派遣に反対」と述べた。保全隊はこれを取り上げ、「反自衛隊」としたうえで、「イラク派遣を誹謗(ひぼう)」と批判している。
イラク派遣の是非は政治が判断すべき問題だ。どういう結果にせよ、自衛隊はそれに従うまでで、政治的に中立であるはずだ。自衛隊にまつわる政策に反対する議員らをそのように扱うことは、あってはならないことだ。
イラク派遣については、自衛隊のことを思えばこそ反対した人たちも少なくなかった。イラク派遣に反対することが「反自衛隊」だとはあまりにも短絡的な考え方である。自衛隊がそんな態度をとっていけば、せっかく築いた国民の支持を失っていくだろう。
報道機関を調査の対象にしていたことも見逃せない。
たとえば、岩手県で開かれた報道各社幹部との懇親会での質問内容が、個人名を挙げて掲載されていた。自衛隊が厳しい報道管制を敷いていたイラクでの活動については、「東京新聞現地特派員」の記事や取材予定をチェックしていた。
イラク派遣について自衛隊員や地元の人々の声を伝えた朝日新聞青森県版の取材と報道について、「反自衛隊」と記録していた。「県内も賛否様々」と題して両論を公平に伝えたこの記事が、なぜ反自衛隊なのか。
■文民統制が揺らぐ
自衛隊は国を守る組織だが、それは自由な言論や報道ができる民主主義の国だからこそ真に守るに値する。そうした基本認識がうかがえないのは残念だ。
防衛省はこうした情報収集について、イラク派遣への反対運動から自衛隊員と家族を守るためにしたことで、業務の範囲内という立場だ。しかし、それはとても通用する理屈ではない。
忘れてはならないのは、武力を持つ実力組織は、国内に向かっては治安機関に転化しやすいという歴史的教訓である。戦前、軍隊内の警察だった憲兵隊がやがて国民を監視し、自由を抑圧する組織に変わっていった。
よもや戦前と同じことがいま起きるとは思わないが、よくよく気を付けなければならないことだ。自衛隊を「軍」にするという憲法改正案を政権党の自民党が掲げている現状を考えれば、なおさらである。
今回明らかになったのは全体の活動の一部にすぎまい。政府はこうした活動について、詳細を明らかにすべきだ。
守屋武昌防衛事務次官は「手の内をさらすことになるので、コメントするのは適切ではない」という。開き直りとしかいえず、とても納得できるものではない。無責任の極みである。
こうした事実を政府がうやむやにするようでは、文民統制を信じることはできない。国会も役割を問われている。
2007/5/30(水)
素朴なお願い
松岡さんの次はぜひとも柳沢さん
2007/5/23(水)
ずっとなりを潜めていたアグレッションが、最近になって再び高まってきている。ヤヴァイよねー。
もともと、過度なまでにアグレッションが強いということは人からも医者からも指摘を受けていることだし、自覚もしていた。しかし、とにかく人間関係を円滑に進めるという私の方針からは外れるので過度に抑え込んでしまう傾向があった。その抑え込んでいるアグレッションが時折り文章とか論戦、道場の組み手などでは現れて、「危ない人」っぽく見えてしまっていたのも事実である。そして臨界に達すると自罰的行為という形で現れてしまったものだった。
ここ一年くらいはアグレッションが消えていたので安心していたのだが、このところ再び高まりを感じつつある。非常に危険な状態かもしれない。
路上とか車内で何かやらかして警察に連れて行かれる前に何とかせねばねー。
2007/5/15(火)
笑っちゃうのは、今の安部ちゃん政権に対しては「正論」とか「原則」を言えば必ず自動的に批判になっちゃう点だね。
安部ちゃん政権が、どれだけ無茶で道理の通らないことをしているのかがわかる。
民主党に対しては「お前が言うか!」という突っ込みはさておき、これは正論すぎて、反論する余地もないだろう。
小沢代表:「基本哲学が抜けている」と首相の政治姿勢批判 (毎日新聞)
民主党の小沢一郎代表は13日、テレビ朝日の番組で、安倍晋三首相の政治姿勢について「憲法問題であれ何であれ、自分の理念や哲学を基に結論を言っているというふうには取れない。自分はこういう国にしたいとか、こういう日本であるべきだという基本の哲学が抜けている」と批判した。
小沢氏は「(首相が考えているのは)占領下で作った憲法だからだめだとか、アメリカと協力するためには集団的自衛権(の行使が必要)というたぐいのことだ。天下を治める人としてはちょっと(問題だ)」と指摘。16日に予定されている今国会初の党首討論では、首相の国家観をただす考えを示した。
2007/5/11(金)
いくら民主主義の原則が「多数決」とはいえ、こんなに重要な問題を「特定の宗教団体が組織票で当選させた狂信者軍団」の協力で通してしまったという結論には納得できない。
池田教の教祖である大作は「世界平和」を謳って「ノーベル平和賞」を貰いたがっているが、その政治団体が改憲に賛成している姿は、何とも不思議な光景だ。
そういやあ、石原珍太郎のバックにも「いんなぁとりっぷ」とか「手かざし」とか大作がいるよなぁ。宗教団体のダブルスタンダードって、何なんだろうね。まあ、それに矛盾を感じないからこそ、カルト宗教の信者なんてものをやっていられるのだと思うんだけどね。
そういや、自民の後にも「遺族何たら」とか「法華教系カルト」が付いているよなぁ。
って、何だか、国民投票法の話がカルト宗教への八つ当たりみたくなっちゃった(^^;;
でもさぁ、どこの団体も「世界平和」をお題目に挙げておきながら、改憲勢力に味方したという、明らかに狂った態度を私は忘れないよ。
民意をくみ取るべきだ (沖縄タイムス社説)
衆参の「数の力」は理不尽
参院憲法調査特別委員会は十一日、憲法改正手続きを定める与党提出の国民投票法案(憲法改正手続き法案)を自民、公明の賛成多数で可決した。
先月十三日の衆院通過に続き、十四日の参院本会議で与党の賛成多数で可決され、成立する見通しだ。
国民投票法案は手続き法とはいえ、憲法改正、特に「戦争放棄と戦力の不保持」をうたう九条の変更と密接に絡む重要法案である。
本来、与野党が民意をくみ取りつつ、十分に審議を重ねて「公正、公平、中立」な制度の実現に向け合意を達成するのが筋だったはずだ。
それが衆参両院とも「数の力」で採決されるのは理不尽であり、極めて遺憾と言わざるを得ない。
参院特別委では「審議は十分尽くした」とする与党側に対し、民主、共産、社民、国民新の野党四党は「中央公聴会も実施されていない。審議が不十分」と主張し、採択に反対した。
しかし、与党が付帯決議をすることで譲歩したことを評価、採決では衆院可決時のような混乱は回避された。
付帯決議は、最低投票率制度の是非の検討や投票権者の年齢を十八歳に引き下げる法整備など、今後の検討課題として十八項目を挙げている。
投票権を二十歳以上ではなく、十八歳以上に引き下げているが、国民の意思を確認するために行われるのだから、まず投票率が問題となる。十八項目の中で、最も重大な論点といえる。
参院の審議では野党側から、一定の投票率に達しない場合は投票を無効とする「最低投票率」を設けるべきだとの指摘が相次いだ。
憲法九六条は、国会の憲法改正の発議について「(衆参両議院の)総議員の三分の二以上の賛成」と厳格に定める一方で、国民投票の承認については「その過半数の賛成」としている。
その過半数とは、実際に投票所に行き、賛成・反対の明確な意思を表示した投票権者、つまり有効投票の過半数であることは明白だ。
だが、法案には何の制約もない。投票率がどうあろうと有効投票総数の過半数が賛成すれば改憲案が承認されることになっている。
地方公聴会では賛否両論
現憲法には、最低投票率を法律で定めるようには書いていないからという理由で、最低投票率を設定することは違憲だという主張さえある。
しかし、現憲法には国民投票法をつくること自体も明記されていないのであり、それらの解釈も含めて今後の論点となろう。
参院特別委の地方公聴会では、最低投票率について公述人から賛否両論の意見が出された。
「投票のボイコット運動で多数決による民主主義が影響されるのではないか」「一部の意思のみで憲法が変更されると正当性を損なう。少なくとも過半数の投票が成立要件になるべきだ」「ボイコット運動などで要求される投票率を超えられないなら、改正の機が熟していないと判断すべき」などだ。
いずれにせよ、最低投票率の定めがないことが大きな問題であり、最低投票率、あるいは絶対得票率を定めるのは避けて通れないはずだ。
公務員や教員がその地位を利用して国民投票に関する運動を禁止するのも問題である。
罰則がないとはいえ、「団体の力で学生に影響を与える恐れがある」と運動禁止を支持する人もいれば、逆に「職種による人権や人格権の否定につながりかねない」との声も強い。
憲法改正、現実の政治課題に
法案では、投票日の二週間前まで改憲についての有料意見広告をテレビやラジオに出すことが許されている。
資金力があればいくらでも改憲の主張がマスメディアを通じて国民にアピールできるわけであり、改憲に有利に働くのは明らかだ。
今後の論議は、国民投票法成立を受け、七月の参院選後の臨時国会で衆参両院に設置される憲法審査会に主舞台が移る。
三年間は改憲案の提出、審査は凍結され、現行憲法の問題点などの調査が進められることになる。
安倍首相は「自民党は新憲法草案をつくって改正の意思表示をし九条は変えると決めている」と述べ、憲法九条を含む改憲の是非を夏の参院選で争点としたい考えをあらためて表明した。
憲法改正が現実の政治課題となり、国民一人一人が真剣に向き合わなければならない局面に入っている。
2007/5/9(水)
問題。
下記の文章、いったい何が言いたいのか?
ちなみに、私にとっては右翼特有の論理と専門用語に満ちた、高度に右翼的な文章すぎて意味がまるっきりわからない。
でもまあ、「靖国カルト」に「憲法教」だなんて揶揄されても痛くも痒くもないよね。(^^
産経抄 (産経新聞)
神棚に供えられる榊(さかき)の深緑は、太古の昔から自然と共生してきたこの国の原風景を思い起こさせる。安倍晋三首相が靖国神社に奉納した鉢植えの榊は5万円したそうだが、私費での奉納でさえ「憲法が定めた政教分離に違反する」と騒ぐ人たちがいる。
▼こういう人たちこそ連合国軍総司令部(GHQ)が押しつけた現憲法を一字一句たりとも修正させず、守り抜くことで平和を維持できると信じる「憲法教」の信者ではあるまいか。罪汚れなき榊こそいい迷惑なのだが、いま市場に流通している榊の大半は、憲法教信者のみなさんが大好きな中国産だという。
▼福岡市内で生花店を営む日野亮一さん(33)はあるとき、東京の花屋をみてまわって驚いた。店先に置かれていた榊のほとんどが中国産の「ヒサカキ」と呼ばれる榊の代用品だったのだ。
▼純国産榊の流通が激減したのはなぜか。地方の過疎化と山林の荒廃で榊の生育地が少なくなったのもさることながら、大量輸入で値段も安い中国産にコスト面で太刀打ちできないのが最大の理由だ。
▼「日本の神様には日本の榊をお供えしたい」と思い立った日野さんは、「日本榊本舗」の屋号で昨年からインターネットによる純国産榊の通販を始めた。反響は大きく、顧客の多くは東京など首都圏在住者だというが、「この仕事をやっている方は80歳代がほとんどなんです」と後継者難を危惧(きぐ)する。
▼大枚を払って榊を奉納した首相のことだから、超高齢化が進む山村の危機をどうやって食い止めるか真剣に対策を講じてくれることを期待したい。靖国の社に中国産の榊が奉納されるようになっては、英霊たちも浮かばれまい。もちろん、供物の奉納だけでなく、ご本人の参拝も忘れずに願いたい。
2007/5/8(火)
メモ。個人信仰→カルトとなった代表的な危険信仰。
- 天皇→戦前の国家神道
- 池田大作→創価学会
- 文鮮明→統一協会
- 麻原彰晃→オウム真理教
- 小島露観→ザイン
- 李洪志→法輪功
- 鄭明析→摂理
- 福永法源→法の華
- 大川隆法→幸福の科学
- 江原啓之→スピリチュアリズム研究所
2007/5/4(金)
「憲法はもう古い」。
私はこの考え方自体に反対する。
どれだけ時代が経っても、内容が古びない文章は確かにある。私は、日本国憲法を、永遠不滅の「良い内容」として、世界中に誇っても良いものだと思う。
安易に「改憲」を叫ぶ人達の中で、いったい何人の人が日本国憲法の全文を読んでいることだろうか。
実際に読んでみると、かなり良い内容だと言う事はすぐにわかるはずだ。物の価値観を「古い・新しい」だけに置くのは危険な思考停止だ。
前憲法である大日本帝国憲法の下、何が行われたのか、もう一度学習し直すべきだと思う。それも、学校で学ぶのではなく、自ら進んで調べて学ぶという「勉強の基本」に立ち返って考えてみるべきだ。
憲法60年に考える(中) 統治の道具ではなく (東京新聞社説)
安倍晋三首相らの改憲論には、憲法を統治の道具に変える発想があります。九条論議に目を奪われていると、公権力を縛る本来の理念を見失いがちです。
安倍首相は今年の年頭会見で任期中の憲法改定を宣言し、今度の参院選の争点にすると言いだしました。世論調査では改憲賛成が多く、若者もかなり支持しています。
国際協調主義の理念をうたった前文、戦争と軍備の放棄を定めた第九条と既成事実との隔たりに、戦後世代の多くはしらけ、憲法を“嘘(うそ)”と感じるのではないでしょうか。
理念と冷厳な現実との乖離(かいり)が、一般論として改憲を容認させる傾向がみえるようです。
透けて見える国家像
しかし、改憲論議の対象は第九条だけではありません。多くの人がそこをつい見落としがちです。
早く憲法を変えたい首相の思いはさまざまな形で伝わってきますが、新たな憲法像が具体的に本人の口から語られることはありません。
それでも安倍カラーを出そうと次々繰り出す首相指示、政策、法案などから憲法観や国家像が透けて見えます。国民を支配し統治する道具としての憲法であり、正義や真理を所与のものとして国民に教え、ときには押しつける国家、社会です。
それはまさに首相が言う「戦後レジームからの脱却」であり、公権力と国民との関係の大転換です。国家の役割の転換は、著書「美しい国へ」でも随所で主張されます。
近代憲法は、政府・公権力ができることを制限し、好き勝手にさせないために生まれました。それを細部にわたって調整するのが法であり、立憲主義、法の支配とはそうした政治、統治のあり方をいいます。
「憲法を設ける趣旨は君権(公権力)を制限し、臣民(国民)の権利を保全することである」-明治憲法制定の際、枢密院議長だった伊藤博文がこう話しました。
内面に踏み込む権力
実際にできた明治憲法は、天皇が主権を握り、国民の権利は「法律の範囲内で」しか認めない統治の道具となりましたが、最高の権力主義者といわれた伊藤でさえ憲法の理念は正確に理解していたのです。
新教育基本法に盛り込まれた愛国心育成、教育に対する国家の関与強化、道徳の教科化…権力が個人の内面まで踏み込んでもいいとする姿勢が、安倍内閣になってからますます鮮明になってきました。
改憲は統治の基本ルールにそれを反映させることになるでしょう。公権力が国民に対して優位に立ち、思い通りに統治する道具に憲法を変えようとする発想です。
それは戦後日本の復興と発展を支えてきた“粒あん社会”を否定することも意味します。
敗戦後の日本人は、正義や真理を自明のものとは考えず、互いに主張し、反論し、対立し合う自由と活力を原動力として豊かな国をつくり上げました。一粒一粒が個性を発揮しながらも全体としてハーモニーを醸し出す粒あんのような社会が、復興、発展の基盤となったのです。
現行憲法は、一人ひとりが個性的に振る舞いながらも調和することを制度的に保障してきました。
憲法を統治の道具とし、教育勅語を核とする教育で国民の個性を封じて、あたかも練りあんのように一色に染め上げようとした戦前、戦中の日本は、これと対照的でした。
この六十余年間、一人として軍事力で殺したことも殺されたこともない実績を、政府の行動を制約している憲法の性格と第九条の効果として尊重するか、憲法を現実と合致させて「戦争のできる国」になるか。日本は岐路に立っています。
その九条を変え、憲法の位置づけも逆転させると、公権力に対する国民によるブレーキの利きは悪くなります。かつてブレーキのないクルマに何十万、何百万の若者が乗せられて戦場に送り出されたことに思いをはせながら「美しい国へ」を再読すると、これまでとは違った理解になるかもしれません。
安倍首相には、改憲を策して果たせなかった祖父、岸信介への思い入れがあります。本音を抑えソフト路線で出発したのに支持率が低下したことから、最近は「それなら思う通りに」という、いわゆる開き直りも感じられます。ですから、国民投票法が成立すれば、小休止中の改憲論議も活発化するとみられます。
去る三月に亡くなった作家の城山三郎さんは「敗戦で得たものは憲法だけだ」が口癖でした。「だけ」とは大事な財産であることを訴えるための強調表現でしょう。
生き残った者の実感
城山さんの口癖は、特攻隊員として死の淵(ふち)に臨み生き残った者の実感です。戦陣の厳しさや悲惨さも知らず、戦火に追われて逃げ回った経験もなく、恵まれた環境、豊かな家庭で育った政治家たちの威勢のよい改憲論とは対極にあります。
支配され、死を迫られた側の憲法観と、統治、支配する側の憲法観、国民は選択を迫られます。
憲法60年に考える(下) 直視セヨ 偽ルナカレ (東京新聞社説)
昭和前半の歴史をふり返るとき心に屈託が生まれてしまいます。「直視セヨ ミズカラヲ偽ルナカレ」。そんな気構えで史実をたどり、思うことがしばしばです。
第二次大戦に学徒出陣した吉田満氏の手記「戦艦大和ノ最期」を読み直してみました。
文部科学省の二〇〇六年度の教科書検定で、高校用日本史教科書から沖縄戦での集団自決が軍の強制だった旨の記述が一斉に消えてしまうという衝撃の“事件”があったからです。沖縄戦とは何だったのか。
歴史への責任がある
「日米最後の戦闘」とも呼ばれた沖縄戦は、一九四五年三月二十六日の米軍の慶良間諸島上陸から六月二十三日の事実上の戦闘終結までの三カ月の戦いでした。
惨たる戦闘の最たるものは、日本人の戦死者十八万八千百人のうち沖縄一般県民の死者が九万四千人にものぼったことでした。
戦艦大和の出撃は、米軍が沖縄本島に上陸し「鉄の暴風」攻撃にさらされていた四月六日でした。
戦記には、稚拙で無思慮極まりない作戦に伊藤整一・司令長官はじめ各艦艦長がこぞって抵抗したこと、連合艦隊参謀長が「一億玉砕ニ先ガケテ立派ニ死ンデモライタシ」と真の作戦目的を明かすことでやむなく作戦が承諾されたことなどが記されています。
生還を期しがたい特攻作戦だったことは暗黙の了解でしたが、三千五百の乗組員が従容として死についたわけではありません。
「国のため君のために死ぬことで十分」とする兵学校出身者と「死をもっと普遍的な価値に」と煩悶(はんもん)する学徒出身士官との激論があったことは印象的です。
ついに鉄拳乱闘の修羅場ともなった論戦を収拾したのは臼淵磐大尉の「敗レテ目覚メル 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望」の持論だったことが回想されています。
歳月の流れにも時間差
「直視セヨ ミズカラヲ偽ルナカレ」は、必死を目前にしての吉田氏(当時少尉)の覚悟の言葉ですが、あらゆる時代、あらゆる局面にあてはまる金言です。集団自決も直視されなければなりません。
集団自決住民は沖縄各地で六、七百人とされ、軍によって配られた手榴弾(しゅりゅうだん)を爆発させたり、肉親親族がカマやカミソリで殺し合う悲惨さでした。この惨劇を軍の強制とする判断を避ける文科省の検定こそ歴史を偽るものといえるでしょう。
一億玉砕が叫ばれ、戦艦大和の出撃もそのための捨て石でした。県民を戦火に巻き込む持久戦が選択され沖縄は投降の許されない「軍官民共生共死」のなかでした。
軍の強制をめぐる多くの証言記録や生き証人も存在します。沖縄では今、諦観(ていかん)に似た憤りが急速に広がっているといわれます。「また本土に騙(だま)されるのか」と。
戦後憲法は前文の通り、再び戦争の惨禍が起こることがないようにとの決意でした。戦没者三百万人、その平和主義には中国や韓国などアジア諸国へ侵略と植民地支配に対する謝罪の意味が込められています。
しかし、加害と被害の間には歳月の流れにも大きな違いがあります。戦前の歴史を忘れたかのような憲法改定の動きと従軍慰安婦問題の再燃や戦後補償訴訟提起は象徴的です。
最高裁は最近になって、日中共同声明(七二年)は個人に対する戦後賠償は放棄したもの、との初判断を示しましたが、中国や韓国では戦後は終わっていないのです。
憲法改定の動きに中国や韓国の指導者の直接の発言はありません。それは内政不干渉の原則を守っているからで、強い警戒心と猜疑(さいぎ)心を抱いているのはもちろんです。
「過去の戦争への反省が不十分な日本が軍備を強化しようとしているのは心配。他国はともかく日本人が銃を持つのは不安」(中国の新聞編集者)。「軍事力と交戦権を回復した日本は『普通の国』でなく、『普通ではない国』として韓国に脅威を与える」(朝鮮日報社説)
近隣諸国を納得させられるのか。やはり平和主義はアジア諸国への百年の誓約です。いまだに恩讐(おんしゅう)を超えるには至っていません。
不完全な人間への自覚
作家の吉行淳之介氏は「戦中少数派の発言」で、戦争に鼓舞される生理をもつ圧倒的多数の存在を語りました。
戦争への感情爆発と陶酔の病理について、「昭和史」の半藤一利氏は日本人の腹の底の攘夷(じょうい)の発露とし、精神分析の岸田秀氏もペリー来航のショックと屈辱的開国が引き起こした日本の人格分裂で説明しています。
理性や合理ではなく、その場の空気に支配される日本人の病理を研究したのは評論家の山本七平氏ですがいずれも自己の直視を忘れたわれわれの弱さや未熟さの指摘です。
憲法にこめられた立憲主義や戦争放棄は、不完全な人間への自覚からの権力やわれわれ人間自身への拘束規定でしょう。その知恵を尊重したいものです。
2007/5/2(水)
法律を解釈する時に最も必要な物、それは「バランス感覚」。極端な解釈やねじ曲げ、法律の条文で規制されている範囲を明らかに超えた行為は許されない。
しかし、それを行ってきたのが自民党である。表面上は、不戦・平和を謳いながら自民党に荷担している創価学会・公明党も同罪。というか、ダブルスタンダードであるぶん、こちらのほうがタチは悪いと言えるだろう。
「現実に即した改憲」というが、現実に即さないように「解釈改憲」をしてきたのは自民党である。明かな詭弁でしかない。「頭が悪い」とか「姑息だ」と言われても仕方がないだろう。
憲法60年に考える(上) イラク戦争が語るもの (東京新聞社説)
憲法施行から六十年。人間なら還暦です。改憲の動きが加速する一方、イラク戦争を機に九条が再評価されています。まだまだ元気でいてもらわねばと願います。
憲法解釈上禁じられている集団的自衛権行使の事例研究を進める有識者懇談会の設置が決まりました。
歴代内閣が踏襲してきた憲法解釈を見直すお墨付きを得る。日米同盟強化に向け、集団的自衛権行使の道を開くことに狙いがあるのは、メンバーの顔ぶれからも明らかです。
憲法には手を触れず、日米軍事一体化への障害を解釈で切り抜ける。安倍晋三首相からブッシュ政権への格好の訪米土産になったようです。
キーワードは国際貢献
言うまでもなく九条の背骨は「戦争の放棄、戦力の不保持」です。その解釈の変遷史でも最大の転機は一九九一年の湾岸戦争でした。キーワードは国際貢献です。
戦費など百三十億ドルを拠出しながら小切手外交と揶揄(やゆ)され、国際社会への人的貢献を迫られたのです。一国平和主義、一国繁栄主義への批判がわき起こったのでした。
自衛隊は“禁”を破り、海外出動の道を踏み出しました。
ペルシャ湾への機雷除去を目的とする掃海艇の派遣。続いて翌九二年には、国連平和維持活動(PKO)協力法に基づきカンボジアへ。「外国領土」での活動に初めて道を開いたのです。「武力行使と一体とならないものは憲法上許される」という政府見解が根拠になりました。
自衛隊海外派遣への転機のもう一つの重要な背景は、ソ連・東欧の崩壊による冷戦の終結です。覇権国家となった米国は、アジア・太平洋地域の秩序維持について、経済的にも軍事的にもより積極的な分担を日本に要求したのです。
この米国の姿勢は、現在も基本的には変わっていません。在日米軍再編もその一環です。呼応して安倍首相は、憲法改定を夏の参院選の争点にすると明言しています。
実は、それまでの歴代内閣は憲法問題を避けてきました。安保闘争で総辞職した岸内閣のあとを受けて登場した池田勇人首相は「自分の在任中は憲法改正はしない」と声明を出しました。
以後、小泉純一郎首相に至るまで十八人に及ぶ歴代首相は、全員例外なく、就任時に「在任中は憲法改正はしない」ということを約束するのが慣例になったのです。
湾岸戦争が安全保障上の転換点だとすると、二〇〇三年のイラク戦争はまた別の転機となったようです。
間違いだらけの戦争
この戦争は間違いだらけです。ブッシュ政権が依拠したのは先制攻撃論です。国家であれテロ集団であれ大量破壊兵器を保持する場合、それが使用されると自国の被害は甚大だから、その前に先制攻撃する。中枢同時テロの教訓から生まれた予防攻撃論ですが、国際法上かなり無理のある理屈です。
圧倒的な武力を過信した米国は、国連の同意なしに攻撃し、フセイン政権を倒しました。でも結局、大量破壊兵器は見つかりませんでした。
イラクの国情にも通じず、フセイン政権打倒後の見通しも甘いものでした。イラク国軍の四十万人を武器を持たせたまま解散させたのが一例です。宗派抗争は泥沼化し、自爆テロの相次ぐ内戦状態に陥らせてしまったのです。まるで処刑されたサダム・フセインの呪(のろ)いのようです。
国連イラク支援団の法律顧問によると、負傷後の死者を含めると一日に百人が死亡しています。国内外の避難民は三百七十万人に上るそうです。米兵死者も三千数百人を数えます。米国内では早期撤退が議決されるなど、誤った戦争とみる人が多数派です。
日本でも大義なき戦争へ厳しい目が注がれています。政府はイラク戦争を支持し、イラク復興支援特別措置法に基づいて自衛隊を派遣しました。幸いサマワの陸上自衛隊は無事帰還しました。九条のおかげで「非戦闘地域」に派遣されたからとも言えます。
航空自衛隊は今も空輸活動に従事していますが、武器弾薬は扱っていません。これも九条の制約です。
もし、九条がなければ、米軍への全面協力を余儀なくされ、戦争に巻き込まれていたかもしれません。九条こそ、日本が柔軟に対応できる唯一の担保となっているのです。
国民のバランス感覚
九条の「戦力の不保持」と自衛隊の存在との整合性の問題がよく言われます。自衛隊の存在を認め、かつ九条の有意性も認める、国民の優れたバランス感覚が九条を生きながらえさせたのではないでしょうか。
イラクの悲惨さ、武力の不毛さから、九条の重さを痛感した人もいたでしょう。全国世論調査では、九条の改定「不要」が44%と、「必要」の26%を大きく上回りました。
かつて戦場となったアジア諸国が日本を不戦国と見てくれるのも、武力行使の歯止めができるのも九条があってこそです。九条が再び見直される時代になったのです。
2007/5/1(火)
最近、社説やコラムの引用ばかりになっている。申し訳ない。
でも、自分の主張をまとめ直すよりも、代弁してくれている文章を示す方が楽なんだもん(^^;
あ、今さらになって私のことを「真っ赤」だとか言っても無駄よ。そんなこと、とっくにわかっているから。
阪神支局襲撃20年―言論はテロに屈しない (朝日新聞社説)
拳ほどの穴が開いたジャンパーには、大量の血の跡がのこる。
エックス線写真には、体内ではじけた約200発もの鉛の粒が写っている。
20年前の憲法記念日に、朝日新聞阪神支局が散弾銃を持った男に襲われ、29歳だった小尻知博記者が殺された。その遺品などがいま、支局の中にある資料室で公開されている。
「赤報隊」と名乗る犯人はその後も犯行を重ねた。名古屋本社の社員寮で発砲し、静岡支局に爆発物を仕掛けた後、矛先を朝日新聞からリクルート元会長宅や愛知韓国人会館に転じた。阪神支局の襲撃に先立って、朝日新聞の東京本社を銃撃していたこともわかった。
◇「50年前にかえれ」
一連の事件は03年にすべて時効になった。犯人を捕らえて事件を解明することができず、無念というほかない。
犯行声明文に「反日朝日は50年前にかえれ」という文言があった。犯人がかえれ、という1930年代は、テロと暴力の吹き荒れた異常な時代だった。
5・15事件で犬養毅首相が射殺された。高橋是清蔵相らが殺された2・26事件では、朝日新聞社も反乱軍に襲われた。新聞は軍部の圧力に屈して戦争に協力していく。日本は中国で戦火を拡大し、太平洋戦争へ突き進んだ。
そんな悲惨な時代に二度と戻るわけにはいかない。
大きな犠牲と教訓のうえに、日本は戦後、「言論の自由」をうたう憲法を掲げて再出発した。自由にものをいえる社会こそが、戦争を防ぎ、国民の幸せを実現できると考えたからだ。
しかし、戦後もテロや暴力はなくならなかった。
日米安保条約をめぐって国論が二分された60年、浅沼稲次郎社会党委員長が日比谷公会堂で刺殺された。翌年には、皇室を題材にした小説をめぐって、出版元の中央公論社の社長宅が襲われ、お手伝いさんらが死傷した。いずれも右翼の少年の犯行だった。
70年代に目立ったのは、左翼の過激派のテロだ。企業や役所を爆破する事件などが次々に起きた。
◇靖国と教科書
そんなテロと暴力の流れの中で、80年代に起きたのが赤報隊の事件だった。
犯人は事件を起こすたびに声明文を通信社に送りつけたが、「50年前にかえれ」というぐらいしか具体的な要求を示さなかった。
だが、犯行の引き金になったと思われる手がかりがある。首相の靖国神社参拝と復古調の教科書の問題だ。
88年3月、静岡支局に爆発物を仕掛けたとき、犯人は中曽根康弘前首相と竹下登首相に脅迫状を送りつけた。
中曽根氏は85年の終戦記念日に靖国神社に参拝したが、中国や韓国の反発で、その後は取りやめた。中曽根氏は当時論議を呼んだ復古調の歴史教科書の検定でも、中韓の反発で再修正を求めた。
そんな中曽根氏を赤報隊は「裏切りもの」とののしり、靖国神社に参拝しなければ処刑すると竹下首相を脅した。
朝日新聞は当時も、首相の靖国神社参拝に反対し、教科書問題でも批判的な姿勢をとっていた。
赤報隊は犯行を重ねることで恐怖をふりまき、新聞や政治家を自分の思う方向に持っていこうとしたのだろう。
そうした犯行は過去のものではない。
経済同友会の小林陽太郎元代表幹事の自宅に火炎瓶が置かれたのは05年1月のことだ。小林氏は当時の小泉純一郎首相の靖国参拝について「個人的にはやめていただきたい」と発言していた。
昨夏には、参拝を批判していた加藤紘一元自民党幹事長の実家と事務所が放火された。靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)をめぐる昭和天皇の発言を報じた日本経済新聞社に火炎瓶が投げつけられた事件では、右翼の男が逮捕された。
慰安婦問題を中学校の教科書に載せたことに対し、教科書会社幹部や執筆者に脅迫状が届いたことも忘れられない。
気になるのは、テロや暴力に対し、政界や経済界の動きが鈍いことだ。加藤元幹事長の事件で小泉首相が犯行を批判したのは、ずいぶんたってからだ。
それどころか、石原慎太郎東京都知事は、北朝鮮外交を進めていた田中均外務審議官の自宅に発火物が仕掛けられたことについて、「あったり前の話だ」とテロをあおるような発言をした。
テロが起きた場合、政治家や経済人がすかさず強い姿勢を示す。被害者が自分と違う意見の持ち主であっても、である。それが暴力をふるう者を孤立させ、テロの芽を摘むうえで、欠かせない。メディアが暴力に敏感に反応しなければならないのはいうまでもない。
◇レッテル張りの怖さ
自由な言論を揺るがすのは、むきだしの暴力だけではない。
地域や職場で、他人と違う意見を言うだけで奇異な目で見る。「ノー」と声をあげる人をつまはじきする。そんな雰囲気が広がっていないか。
赤報隊が使った「反日」という言葉は、いまや雑誌やネットにあふれている。自分と相いれない意見を「反日」や「売国」と決めつける。そうした一方的なレッテル張りが、問答無用の暴力を誘い出してしまう。そんな心配がある。
憲法施行から60年を迎えた今春、またも長崎市長が銃撃され、伊藤一長氏が亡くなった。
「われわれは暴力を憎む。暴力によって筆をゆるめることはない」。小尻記者が凶弾に倒れたとき、私たちは社説でこう書いた。その決意を新たにしたい。
2007/4/30(月)
「昭和の日」ねぇ……。「昭和」ってーのは単なる元号なので、呼び方はどうでも良いのだが、その「意図」のほうが問題なんだよね。
みんな、「太陽」とか「日本のいちばん長い日」とかを観て、ちょっと考えてみようぜ。
昭和の日―光と影に思いを致そう (朝日新聞社説)
昭和天皇の在位50年を記念して、東京都の立川・昭島両市にまたがる公園がつくられた。昭和天皇記念館は緑に包まれたその一角にある。緑化などの研修施設と、ひとつながりの建物だ。
昭和天皇の誕生日である4月29日は、平成になって「みどりの日」と名を変えた。記念館のたたずまいは、その名にふさわしいと言えよう。
新緑の美しい季節である。自然に親しむとともに、その恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ。祝日法でそう定められたみどりの日は、昨年まで18回を数え、国民に定着してきた。
しかし、4月29日は今年から「昭和の日」になった。みどりの日は「国民の休日」だった5月4日に移された。
なぜ、わざわざ変えるのか。戸惑っている人も多いのではないか。
昭和の日に改める法案は7年前に与党の議員立法で提案された。激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす。これが昭和を記念する祝日をつくる理由だった。
しかし、この理由がまさに示しているように、昭和は「激動」の戦前と、「復興」に始まる戦後に分かれている。
昭和天皇記念館の展示を見ても、戦前の天皇は白馬にまたがって観兵し、軍服姿で東京大空襲を視察している。背広を着て地方巡幸や植樹祭をする戦後の天皇とは大きく異なっている。
昭和は金融恐慌で幕を開けた。治安維持法による弾圧、政治家へのテロ、将校が反乱した2・26事件などが起き、太平洋戦争へと突き進んだ。
最近、朝日新聞が報じたところでは、宮内庁の侍従職事務主管を務めた故・卜部亮吾(うらべ・りょうご)氏の日記に、昭和天皇が晩年も戦争への悔恨を抱き続けていたことが随所に記録されていた。
77年2月26日、昭和天皇は「治安は何もないか」と卜部氏に尋ねた。2・26事件から40年以上たってもなお、日本が軍国主義に傾くきっかけとなった事件がトラウマになっていたのだろう。
A級戦犯が靖国神社に合祀(ごうし)された後、昭和天皇は参拝をやめた。「それが私の心だ」と語った言葉を、故富田朝彦宮内庁長官が88年4月28日のメモに残しているが、同じ日、昭和天皇は卜部氏にも戦犯合祀について語っていた。
卜部氏は01年7月31日には「靖国神社の御参拝をお取りやめになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」と記していた。
昭和は光と影に分かれた時代である。戦後は復興と繁栄の明るい色調が目立つ。その豊かさが多くの犠牲の上に築かれたことを忘れるわけにいかない。
戦後生まれは今や4分の3にのぼる。戦前を肌で知る人は減る一方だ。
昭和をひとくくりにして懐古するのではなく、光と影を考える。昭和の日をそんなメモリアルデーにしてこそ、「国の将来」は確かなものになるだろう。
2007/4/29(日)
あー、期待されて当選し、今や日本で一番有名になった知事、その一方で「他に選択肢がないから当選した余り物の困り者」とでは、どっちに味方が付くのか、わかりそうなもんでしょ。こういう時に使う「田舎者」って、侮蔑用語だし、差別的なニュアンスも含まれているのだが……。
しかも、「俺の前で言ってみろ」などというのは、感情に任せた、喧嘩を売る時に使う言葉なのだが。
これで評判を落とすのはどちらか? 答は明白だろう。
珍太郎って、つくづく馬鹿なんだねー。
慎太郎、東知事に激怒「田舎モンがとやかく言うな」 (ZAKZAK)
東京都の石原慎太郎知事(74)が26日の定例会見で、宮崎県の東国原(ひがしこくばる)英夫知事(49)への怒りを爆発させた。東国原知事のホームページ(HP)発言に端を発する“遺恨バトル”だが、日に日に過激さを増してきたようだ。
「どこの出身の人か知らんが、田舎モンが東京のことをとやかく言うな。恥をかくのはそっちだ!」
石原知事は会見で、こう怒気を強めた。
都知事選翌日の9日夜、東国原知事はHP上の日記で「東京は創造(変化)を一旦拒否した。東京の傲慢(ごうまん)は復活した。これでしばらく、東京は変わらない」などと持論を述べた。
これに対し、石原知事は当初、「あまり軽率にものを言わない方がいいんじゃないかな。知事にまでなられた人なら」と軽く応戦していたが、先の会見で記者から「東国原知事は『都知事が傲慢なのではなく、変革を求めない都民が傲慢だ』と言っているが?」と問われると、表情を強ばらせて、こう言い放った。
「俺の前で言ってみろ。(東国原知事の発言は)日本語になっていない。都民は変革を求めている。大変意欲的でいろんな注文が来ている。その実態も知らないで、(東国原知事は)もう一度、政治を勉強して出直した方がいい」
現職知事同士が「ゴーマン」「田舎モン」と罵倒し合う、前代未聞のバトル。東国原知事の再反撃はあるか!?
2007/4/28(土)
とりあえず、「小さな一歩前進」という感じかなぁ。
でも、「義」がどちらの側にあるのか、こんなこと明白なんだけどね。
君が代不起立の削除命じる (JPN)
大阪府枚方市が入学式の君が代斉唱時に起立しなかった教職員を調査したのは違法だとして、元小学校教諭堤卓雄さん(56)ら2人が市側に調査記録の削除と慰謝料を求めた訴訟の判決で、大阪地裁は26日、削除と計2万円の支払いを命じた。
判決理由で広谷章雄裁判長は「市教委の依頼とは知らされずに思想、信条に関する情報が集められ、目的や項目も明らかではなかった」と指摘、個人情報保護を定めた条例に反したと認定した。
教員側は「君が代の起立斉唱は特定の思想や信仰の強制」とも主張していたが、判決は「教員にとって通常想定される行為」として退けた。
市教委は「判決文を精査し、対応を慎重に判断したい」としている。
2007/4/26(木)
×現実→原則を改定
○原則→現実を規定
だろ、普通は。
原則を無視し、さんざん暴走して現実の方を原則にそぐわないようにし、そのうえさらに「現実に合わないから原則を変える」というのは、暴挙だとしか思えない。いったい、何のための原則だったのか、という話になる。
こんなメチャなことをする安倍晋三は、「亡国の志」でしかない。
集団的自衛権*結論ありきの研究では (北海道新聞 社説)
政府が、集団的自衛権について研究する有識者会議を設置した。
安倍晋三首相は、その行使は許されないとする憲法解釈そのものの見直しも会議の検討課題にする方針だ。
行き着く先は改憲である。平和主義を掲げてきた日本という国のあり方にかかわる問題だ。決して前のめりで議論すべきではない。
私たちは、集団的自衛権は使えないという従来の政府見解を支持してきた。先の戦争の反省に立ち、再び過ちを繰り返してはならないという強い決意を具現化したものだからだ。
自衛隊の海外活動を厳しく制約してきたのもそのためだが、政府は国際貢献という名目で自衛隊を海外に送り出してきた。
他国の軍隊と活動をともにすれば、一緒に攻撃から身を守ることもあるだろう。集団的自衛権の不行使原則は現実に合わない-。
政府・自民党内ではそんな発想から、憲法解釈の見直し論がくすぶり続けていた。それを勢いづけているのが米国と共同開発を進めるミサイル防衛(MD)だ。
政府は有識者会議で事例研究する自衛権について、米国を狙って発射されたミサイルの迎撃、公海上で自衛隊艦船と並走する他国の艦船が攻撃された場合の反撃など、四つの類型を示している。
しかし、ここは冷静に考える必要がある。MDにせよ、自衛隊の海外活動にせよ、賛否が分かれる国内世論を振り切るようにして政府は実績を積み重ねてきたのではないか。
MDに限らず、各類型で想定されるほとんどのケースが米軍との共同行動であることも見過ごせない。実態は米国のため、といっていい。
そんな現実が憲法解釈を踏み外しつつあるのなら、まず現実を見直すべきだろう。解釈を変えるという理屈は、まるで筋が違う。
MDについては「第三国のために用いられることはないので、集団的自衛権の問題は生じない」とした二○○三年の福田康夫官房長官談話もある。政府は国民に約束したその重みを忘れてはいけない。
集団的自衛権の解釈見直しは、首相が目指す改憲への道につながる。
だが、国民は憲法の前文と九条が規定する平和主義を誇りに思っている。国際社会でも高い評価と尊敬を集めてきた。各種世論調査をみても九条改憲を求める人は少数派だ。
首相には、こうした国内外の声に謙虚に耳を傾けてもらいたい。
有識者会議には、首相の政治信条に近いメンバーが名前を連ねている。これで客観的な議論や研究ができるのだろうか。はじめに結論ありきの会議なら必要ない。
2007/4/25(水)
いやー、久しぶりにお呼びがかかって、短編を二編、掲載していただいた。嬉しいねー。
今回掲載された作品は、両方ともおすすめなので、是非とも読んでみて欲しい。
- [ロシア]ミハイル・ヴェレル「パリに行きたい」 訳:大野典宏/森田有記 解説:大野典宏
- [ロシア]ヴァジム・シェフネル「沈黙のすみれ」 訳:合田直美 解説:大野典宏
- [中国]夏茄「カルメン」 訳:林久之 解説:林久之
- [メキシコ]ロベルト・ロペス・モレーノ「秘密」 訳:井上知 解説:井上知
しかしまあ、非英語圏は非英語圏で全員が知り合いというのも面白い現象だね。
2007/4/24(火)
若さって何だろう?
そんなことを感じさせる。
いらだち、暴走、やんちゃ……あのイライラはどこから来ていたのか、それを考えてみると不思議だ。実際、今でもそれに近いものを感じる事がある。
それは「若さの特権」だと思っていた。しかし、どうもそうでは無いらしい。
この違いが、何に起因するのか、考えてみるのも面白いかもしれない。
没後15年尾崎はどこへ 消えた反抗心 (朝日新聞 コラム)
シンガー・ソングライターの尾崎豊が亡くなって25日で15年を迎える。若い世代の反抗と苦悩を描き、いかに生きるべきかを探し続けた歌は、いまや教科書にも登場する。「若者たちの教祖」「10代の代弁者」といった従来のイメージから変化が見られる一方、肝心の若者たちの心にその歌は届いているのだろうか。
◇
彼の歌がわたしたちの胸を打つのは、彼が自分について問い続けたからだろう――。
教育出版が発行する高校の倫理教科書に、「僕が僕であるために」「永遠の胸」などの歌詞の一節とともに、尾崎はそう紹介されている。
〈盗んだバイクで走り出す〉(「15の夜」)、〈夜の校舎 窓ガラス壊してまわった〉(「卒業」)。社会へのいらだちを過激につづった歌詞は教育現場にそぐわないように見えるが、意外にも「現場の教師から、自己の生き方を模索する代表例と勧められた」と教育出版の担当者は言う。
教科書の監修に携わった大阪の府立高校教諭、堀一人さん(53)は「反抗の歌と思われるが、テーマはむしろ他者との関係の中でのアイデンティティーの問題だ」と話す。
〈人は誰も縛られたかよわき小羊ならば 先生あなたはかよわき大人の代弁者なのか〉。窓ガラスを壊す一節が注目されがちな「卒業」だが、学校や教師との単純な対立軸に回収しきれない戸惑いこそがこの曲の魅力を作り出している。
尾崎の歌が、いくつかの倫理の教科書に登場したのは03年。堀さんはその少し前から、積極的に尾崎の考え方を授業で採り上げてきたが、最近は減らしている。「彼の歌に生徒たちが実感を持てなくなってきた」のが理由だ。
「学生の反応は年を追うごとに悪くなっている」と精神科医の香山リカさん(46)も言う。00年ごろから大学の授業で「卒業」などを聴かせている。当初から「この怒りがどこから来ているか分からない」という意見はあったが、最近はきっぱりと否定的な感想が目立つという。
「周りに迷惑をかけるのは間違い」「大人だって子供のことを思っているのに反発するのはおかしい」。体制や大人に反抗するのはいかがなものかという声だ。香山さんは「これまで成長のプロセスにおける仮想敵だったはずの親や先生の善意を屈託なく信じている」と首をかしげる。
どんな価値観の変化があるのか。香山さんは「反発したり、知りすぎたりすると損をする。損得勘定が判断の基準になっている」と分析する。他者や社会との関係で揺れ、傷つく姿を歌ってきた尾崎の歌とは対照的な考え方。彼の実人生に対しては、こんな感想さえあった。「容姿にも才能にも恵まれているのに変に反抗して、早く死んだのはバカだ」
学校や親への反抗、自分という存在についての不安。尾崎が歌ってきたのは、若者にとって普遍と思われるテーマだったはずなのに、嫌悪にも似た反感が生じている。
尾崎の生涯を描いた著書がある作家吉岡忍さん(58)は「彼の歌は、内面に深く食い込んできて、いまの若い人にとって触ってほしくないところに及ぶ。現状に適応してトラブルなく日々を過ごすことに価値を置くと、そこに気づきたくないのだろう」と語る。
身近な人間関係に敏感過ぎるほど敏感といわれる現在の若者たちにとって、〈友達にさえ強がって見せた 時には誰かを傷つけても〉(「卒業」)と歌う尾崎は余りにも重すぎるのだろうか。
それでも、その影響は消えたわけではない。尾崎の作品を発売するソニーミュージックレコーズによると、96年発売のベスト盤は約170万枚売り、いまなお年10万枚程度売れ続けている。ミスター・チルドレンらが参加したトリビュート盤(04年)の影響もあってか、10代のファンも増えてはいるという。
人気ダンスグループ、EXILE(エグザイル)の元メンバーで、いまはソロ歌手として活動する清木場俊介さん(27)はライブで、尾崎の「米軍キャンプ」や「太陽の破片」を取り上げる。小学生のころから歌を耳にして、尊敬してきた。「どこにもぶつけられない気持ちがダイレクトに響いてきた」と言う。
「代弁者」という尾崎に張られたレッテルには違和感を覚え、「弱さを含めて自分をさらけ出す強さ」に魅力を感じるという。本人も「一度しかない人生だから、ぶつかったり、挫折したりを含めて思い切り走っていきたい」と、ソロ転向の道を選んだ。
いま尾崎を聴くことの意味は何だろう。吉岡さんは「メッセージをそのまま受け入れる必要はない」と言う。そのうえで、何げない日常の、ある情景を鮮やかに切り取り、世の中を違った風に見せた彼の「手法」を高く評価する。
「漠然と状況に流され、追従するのでなく、自分とその周りの社会や世界を見るために、彼の手法の大切さは感じてもらいたい」
◇
尾崎豊 65年生まれ。83年にシングル「15の夜」、アルバム「十七歳の地図」でデビュー。85年に「卒業」を収めた2枚目のアルバム「回帰線」がオリコンチャート1位を獲得した。87年、覚せい剤取締法違反で逮捕。活動再開後は、内省的な視点や、実生活で経験した結婚や子供の誕生をテーマにした作品を発表する。92年4月25日朝、民家の庭先で泥酔状態で発見され、その日のうちに死去。死因は肺水腫、26歳だった。追悼式には約4万人が集まった。
2007/4/23(月)
突然だが、リアルに存在する「前世」の「魔人」を想像してみた。こんな感じだろうか。
汝の正体見たり!!

ロイヤル・パーーーーンチ!!
2007/4/22(日)
新聞のサイトって、何で記事を保存しないんだろう? 最も必要とされていることなのに……。あ、過去記事参照は有料なのね。
じゃあ、対抗手段でさっそく保存。
歴史から学ぶ姿勢を 週のはじめに考える (東京新聞社説)
大きな川は水辺ではよどんでいるかのようです。そこから離れて高台から眺めると流れがわかります。「時代の流れ」も歴史の大河から学び取る姿勢が大切です。
「戦前の日本の転換点は満州事変から昭和十年前後。国の“かたち”が戦時体制になりました。現在の日本も状況が似ていませんか」
先月開かれた全国各紙の論説記者の会合で、作家の半藤一利さんが語りかけました。半藤さんは昭和史を中心とした執筆に取り組み、多くの優れた著作で知られています。
昭和十年前後と今の日本を比べると、次の点でよく似ているのだそうです。補足説明して紹介します。
「戦前」とよく似ている
一番目は、教育の国家統制です。昭和八年に教科書が変わり、「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」など忠君愛国が強調されました。
<今は、「愛国心」を盛り込んだ教育基本法改正です>
二番目は、情報の国家統制です。昭和八年に新聞法の強化、出版法の改正があり、マスコミの自主規制も激しくなりました。
<今は、通信傍受法や個人情報保護法です>
三番目は、言論規制の強化。特高警察が昭和七年に設置され、大本教など宗教団体にも弾圧が広がりました。大防空演習を批判した信濃毎日新聞の桐生悠々が迫害され、作家の小林多喜二が拷問死しました。
<今は、共謀罪への動き、そして憲法改正への歩みです>
四番目は、テロです。昭和七年に起きた犬養毅首相暗殺の五・一五事件をはじめ、政財界要人の暗殺、暗殺未遂事件が相次ぎました。
<今は、靖国問題絡みでの日本経済新聞社への火炎瓶投入、加藤紘一・自民党元幹事長の実家放火、そして伊藤一長・長崎市長射殺です>
政治家や論壇、民衆レベルのナショナリズム鼓舞も共通です。昨今では曰(いわ)く、「日本に自信と誇りを持て」「自虐的な歴史観はいけない」。
こうして並べてみると、確かに類似点が見いだせます。
異を唱える声も予想されます。当時と今では政治、経済、国際的な状況がまるで違うのに、こじつけで戦争への不安をかき立てるのは強引すぎる、といった反論です。
「攘夷の精神」の危うさ
論難を承知のうえで、半藤さんはこう言いたかったのでしょう。「あの時と同じ過ちを繰り返してはならない」、そのためにも「歴史を学んで歴史を見る目を磨いて」と。
日本が排外的ナショナリズムに傾いていく「時代の空気」への警告でもあります。半藤さんによると、日本人の精神の奥には外国人を打ち払えという「攘夷(じょうい)」があるそうです。しかし、「攘夷の精神」は日本の孤立、戦争につながりました。
よくいわれるように、「平和」や「反戦」を唱えるだけでは国民の生活は守れません。「平和のための軍事力が必要」という意識を持つ人が増えているのも現実です。
北朝鮮、イランの核開発問題、イラクなど混迷の続く中東情勢、軍事拡大の中国、在日米軍の再編、さらにテロの脅威と、日本を取り巻く安全保障の現状は厳しく、直面する課題は少なくありません。
でも、武力頼みの危険性や国際協調主義の重要性は歴史が証明しています。指導者には、謙虚な歴史認識に立った冷静な現状判断と明敏な将来ビジョンが求められるのです。
米コロンビア大のジェラルド・カーティス教授が本紙寄稿で、近く訪米する安倍晋三首相の歴史認識を質問しています。「日本の戦時責任についての見解」と「戦後日本をどう考えているのか」の二つです。
特に、首相が掲げる「戦後レジーム(体制)からの脱却」に疑問を投げかけます。「敗戦の灰の中から立ち上がり、世界第二の経済を持つ、民主主義と平和の国になった」日本の「戦後レジームの何がそんなにひどいのか」。
安倍首相は憲法改正を夏の参院選の争点にすると言いました。改憲への手続きを定める国民投票法も今国会で成立する見通しです。
日本人は、戦争の悲惨さと愚かさを身をもって知りました。この体験と反省から生まれたのが現憲法に基づく体制、価値観です。それを否定して目指す体制とは何なのか、戦争責任と戦後日本への見解と併せ、国民に語る責務が首相にはあります。
「時代の流れ」はどこに向かっていますか。戦争への再びの道を警戒するのは思い過ごしでしょうか。
歴史を繰り返させるな
世情はどこか重苦しいムードが漂っています。あるアンケートで、太平洋戦争で米国とは戦っていないと答えた学生が二割を超えたそうです。若者たちの間で広がる「体制には逆らわない、政治にはかかわらない」という空気も気になります。
かつては新聞も誤りました。戦争への坂道を転げ落ちたのは、軍部の独走のせいだけではありません。マスコミが民意を煽(あお)ったのです。今の新聞にも厳しい批判があります。
自戒して「繰り返してはいけない歴史がある」とかみしめます。
2007/4/17(火)
何が原因であるにせよ、襲撃・暗殺などの行為が正当化されるものではない。利権がらみであるにせよ、思想がらみであるにせよ、暴力で解決されるものなど、この世にはない。
私も、暴力を背景にした威嚇、脅迫に屈する気はない。もし、そのような事に屈したとき、私のアイデンティティは崩壊するかもしれない。
長崎市長銃撃―このテロを許さない (朝日新聞社説)
またも長崎市長が撃たれた。
この卑劣なテロを断じて許すことはできない。
選挙運動中の伊藤一長市長が選挙事務所のそばで銃撃され、重体となった。伊藤氏は被爆地ナガサキの市長として核廃絶運動の先頭に立ち続けてきた。
長崎市では17年前に、当時の本島等市長が右翼団体の男に銃撃されて重傷を負った。被爆地で繰り返される凶行に、強い怒りを覚える。
事件は午後8時前、JR長崎駅に近い繁華街で起きた。多くの市民が行き交う目前で、伊藤市長は待ち伏せていた男に背後から襲われた。
その場で逮捕された容疑者は、暴力団幹部だった。動機についてはまだはっきりしない。市発注工事に絡んで市との間にトラブルがあったとの情報もあるが、警察は全力を挙げて捜査し、背後関係を含めて解明しなければならない。
伊藤市長は22日投開票の同市長選に4選を目指して立候補していた。警察の警備に落ち度はなかったのか。それも検証が必要だ。
伊藤市長は95年には国際司法裁判所の法廷で証人として立ち、「核兵器使用が国際法に違反していることは明らかであります」と世界に訴えた。核保有国の核実験には抗議を重ねた。
北朝鮮の核実験に関し、日本国内で自民党幹部から核保有論議の容認発言が出ると、「看過できない」として非核三原則堅持と外交での解決を求めた。
容疑者の動機がなんであれ、反核運動が萎縮(いしゅく)するのではないかと心配だ。反核運動に携わる人々はひるむことなく、発言を続けることが、伊藤市長への激励となる。
17年前の銃撃事件では、その1年ほど前、本島市長が市議会で「天皇の戦争責任はあると思う」と答弁していた。その後、市役所に銃弾が撃ち込まれるなど、不穏な動きが続いた。
首長や議員を狙った事件としては、11年前、産廃処分場建設に待ったをかけた岐阜県御嵩町長が襲われて重傷を負ったことが思い出される。昨年は小泉前首相の靖国神社参拝に反対した自民党元幹事長の加藤紘一衆院議員が、実家と事務所を右翼団体幹部に放火された。
相手が言うことをきかないからといって、暴力で封殺するようなことがまかり通れば、言論の自由が封じ込められた結果、国の針路を誤った戦前の暗い時代に後戻りすることになりかねない。
この数年、国内の発砲事件や短銃の押収は減る傾向にある。しかし、今回の事件を機に、改めて銃の取り締まりに全力を挙げてもらいたい。
今回の事件は選挙運動の最中だった。これで候補者がものを言うのをためらうようなことがあってはならない。
テロに屈しない道は、多くの人たちが声をあげることをやめないことだ。そのことをいま一度確認しておきたい。
2007/4/17(火)
最近、「ぷーどる」ちゃんに会いに行く機会が増えている。
いかん傾向だねー。
2007/4/15(日)
こういうのを何と言うか。
気違いに刃物。
ガキに玩具。
米新型輸送機オスプレー、イラクで初の実戦配備へ (産経新聞)
垂直離着陸が可能な次世代兵員輸送機MV22オスプレー10機を、9月にイラクへ派遣すると発表した。事故が相次ぎ開発が遅れていた同機の初の実戦配備となる。
2007/4/14(土)
一晩明けてからの反応。例によって強調は私の判断による。
国民投票法案・与党強行採決でいいのか (琉球新報 社説)
この国はどこへ向かおうとしているのか。やはり、「戦争のできる普通の国」なのだろうか。憲法の改正手続きを定める国民投票法案の与党修正案が、衆院憲法調査特別委に続き、衆院本会議でも自民、公明両党の賛成多数で可決された。来週にも参院に送付される。今国会での成立は確実とみられる。
日本国憲法第96条は「この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」と定めている。今回の国民投票法案は、この規定に従って提案、成立されようとしている。
法案に重大な欠陥
憲法で明記されている国民投票の方法を定める法律は必要だ。単なる手続き法とはいえ、憲法改正に密接に絡む重要法案。その法案について、与党と民主党との修正協議が決裂した。だからといって、与党が採決を強行していいものではない。
何せ、憲法改正には衆参両院の3分の2以上の賛成が必要だ。野党の協力なくしては、改正の発議もできない。そのため衆参両院では2000年1月に憲法調査会を設置して協議を続けてきた。
ところが、今年の1月4日、安倍晋三首相が「憲法改正を目指すと参院でも訴える」と述べたことから状況が変わってきた。
今年最大の政治決戦となる参院選挙への思惑から、与野党の対立が先鋭化、与党が強行採決に踏み切った。
一政権の政治的思惑で左右されてはならない重要な法案なのに、それを無視した自民、公明党の安倍政権と、それを許した野党の責任も問われる。
与党修正案は(1)国民投票の対象を憲法改正に限定(2)投票権者は18歳以上(当面は20歳以上)(3)賛成が投票総数の2分の1を超えた場合は承認(4)選管職員ら特定公務員の国民投票運動は禁止。公務員や教育者が地位などを利用し運動することはできない。罰則は設けない―などが柱となっている。
この内容には、生煮えの点が多々あり、十分審議を尽くしたとはとてもいえない。問題点の検討を先送りするような「付則」が何カ所もあることが、それを物語っている。
さらに、法案にはいくつかの重大な欠陥がある。まず、最低投票率の定めがない。最近の、各種選挙における投票率の低さを考えれば、例えば国民投票の投票率が40%台以下ということもあり得る。その過半数なら、なんと国民の2割以下の賛成で憲法が変えられることになる。憲法という国の最高法規を変えるのに、これでいいはずがない。
参院で十分な審議尽くせ
公務員や教育者の運動を制限するのも疑問だ。公職選挙法による議員を選ぶ場合と、憲法改正の場合で、運動規制を同じように考えていいのかどうか。むしろ、広く国民に投票の意義を周知徹底させる上でも、こうした人たちの広報活動は歓迎すべきではないのか。逆に、公務員らの運動に罰則がないのを批判する意見もある。
投票権者年齢や、テレビCMの規制期間をめぐっては、与党と民主党とで最終的な歩み寄りができず、平行線のままに終わっている。
このように、この法案は改憲派、護憲派の双方から問題点の指摘が相次いでいる。今回の採決は時期尚早の「見切り発車」との批判を免れないだろう。
さらに疑問なのは、なぜ今、憲法改正の手続きを定める国民投票法案なのか。野党の賛同も得られないままに。自民党は結党50年の05年に「新憲法草案」を決定している。その中で自衛隊を「自衛軍」と明記している。同党の狙いが第9条の改正にあるのは明らかだろう。
22日は参院補選の投開票日だ。この件に関し、有権者が意思表示できる数少ない場となる。各立候補者も、国民投票法案への賛否、問題点をもっと選挙戦で取り上げてほしい。法案審議はこれから、参院に舞台を移す。衆院審議で積み残された課題についてさらに十分な論議を重ね、良識の府である参院が独自性を発揮することを期待したい。
中立的な手続きルールを定めるだけなのだから、成立は当然だ。遅すぎたぐらいだという論調が、メディアの中にもあることに正直驚く。それならなぜ、与野党一致の合意のもとで行われなかったのか▼「憲法改正の手続きを定める国民投票法案」が、前日の特別委に続き、衆院本会議でも与党だけの賛成多数で可決、参院に送付された。今国会での成立は必至という。憲法改正への第一歩がついに踏み出された。歴史の節目をこんなふうに越えてもいいのか▼施行は公布から三年後、それまで改憲案の審査は行わないというが、「三年」という改正への時限スイッチが入り、コチコチ時を刻み始めたことには違いない。就任以来「戦後レジームの脱却」を唱えてきた安倍政権だが、この政権を支える衆院の絶対多数は、憲法改正への信任として与えられたものではない▼一昨年九月、郵政民営化法案を参院に否決された小泉前首相が、その是非を国民に問う、いわば「疑似国民投票」として行われた衆院解散で与えられたものだ。それをまだ国民の合意形成もない憲法改正の手順に使うのは筋違いだ▼その負い目があるから、最後まで民主党を含めた与野党共同提案が模索されたのではないか。安倍首相は、憲法を改正したかったら、七月の参院選といわず、前首相に倣ってその是非を、解散総選挙で問うてはどうか▼防衛庁を省に昇格させ、手続きルールだと言っては改正への国民投票法をつくる。そんな外堀を埋めてから本丸を攻めるような姑息(こそく)な方法で国家百年の計を決めるな。
(東京新聞 筆洗)
2007/4/13(金)
今日はこのニュースのおかげで、何もする気にならなかった。あーあ。
\(^o^)/ ニッポン。オワタ!
「むちゃくちゃ」 抗議の声相次ぐ 国民投票法案採決 (朝日新聞)
施行60年。憲法記念日を前に、改憲手続きを定める国民投票法案が12日、衆院憲法調査特別委員会で可決された。傍聴席や国会周辺では、慎重審議を求める声があがった。
「こんなやり方があるか」「むちゃくちゃだ」。採決の瞬間、傍聴席から怒りの声が相次いだ。
00年に衆参両院に作られた憲法調査会当時から傍聴を続けてきた平和遺族会全国連絡会代表の西川重則さん(79)は「最初から、狙いは戦力を持たないと決めた憲法9条2項を変えることだった。強行採決は、その本音がついに出たということ」と語った。
同日夕、日比谷野外音楽堂で開かれた抗議集会では、共産党の志位委員長は「拙速を避けて徹底審議を求める国民の多数の声を与党は踏みにじった」と批判。社民党の福島党首も「民主主義を踏みにじり、憲法を変えるための国民投票法の成立を許してはいけない」と訴えた。
弁護士らでつくる「国民のための国民投票法を考える会」は同日、全国30カ所の街頭で実施した意識調査の結果を公表。約1800人の回答のうち「審議が尽くされていない」との答えは63%で、「審議が尽くされた」は4%だった。
改憲に必要な賛成数については、60%が「総有権者の過半数」とし、与党案の「有効投票総数の過半数」より厳しい成立要件を求めた。
◇
故湯川秀樹博士らが結成した「世界平和アピール七人委員会」は12日、「投票率に関係なく有効投票数の過半数という決め方は適切でない」とする声明を発表した。
民放労連も「政府や政党の思惑によって法案を拙速に成立させてしまうことは必ず将来に大きな禍根を残す」との抗議声明を出した。
2007/4/12(木)
カート・ヴォネガット死去。
「そういうものだ」では済まないほどの損失だ……。
小説家ボネガット氏死去 米カウンターカルチャーの旗手
米ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)によると、米作家で1960-70年代の若者をとらえた対抗文化(カウンターカルチャー)の旗手、カート・ボネガット氏が11日、ニューヨーク市内で死去した。84歳。関係者によると数週間前に転倒した際、脳を損傷し治療を続けていた。
1922年、ドイツ系移民の子としてインディアナポリスで生まれた。第二次世界大戦で従軍中にドイツ軍の捕虜となり、連合国側によるドレスデン爆撃を体験。これが後に作家としての原体験となった。
ユーモアとペシミズムが織りなす独特の語り口で、米文化の衰退や人間の存在の意味を問う作品を著した。その作品群により、ベトナム戦争に悩む若者たちにとって文学的な偶像となった。
52年の「プレイヤー・ピアノ」で登場、ドレスデン体験に基づいた69年の「スローターハウス5」は代表作の1つ。ほかにSFの「タイタンの妖女」や「猫のゆりかご」などがある。
2007/4/11(水)
というわけで、二ヶ月ぶりに美容院に行ってきた。
二ヶ月も伸ばしたのでボサボサの状態だったのだが、実際にカットしたのは平均で一センチくらい(^^;
でも、さすがはプロの技だけあって、毛先を揃えて梳いただけでもだいぶん違う。
私の好みはショートなのだが、最近はちょっと脳天あたりが怪しくなりかけているので、イザとなったら丸刈りにするつもりでいるが、抵抗できるうちは何とか誤魔化してみようかと、長めで調髪してもらった。
2007/4/8(日)
神奈川新聞の社説より。
例によって、強調は私の判断による。
「君が代」処分 (神奈川新聞)
学校の未来が憂慮される
入学式、卒業式での君が代斉唱の強制をめぐって思想良心の自由が問われ続けている。都教委は先月、卒業式で校長の職務命令に従わず、君が代斉唱時に起立しなかったなどとして、教職員三十五人に停職、減給、戒告の懲戒処分を行った。一人は停職六月もの重い処分で、今後、現職教職員が免職される可能性も否定できない。日の丸・君が代をめぐり、都教委から懲戒処分を受けた教職員は延べ三百八十一人に達した。異常な状況といわざるを得ない。
この問題をめぐっては二つの重要な判決が下されている。一つは昨年九月の東京地裁判決。懲戒処分をしてまで国歌斉唱などをさせるのは、思想良心の自由を侵害する行き過ぎた措置だとし、都教育長の通達や各校長の職務命令を違法と認定した。都教委を真正面から断罪した判決である。
一方、今年二月の最高裁判決では、入学式での君が代のピアノ伴奏について「特定の思想を持つことの強制や禁止ではなく、告白の強要でもない」として、音楽教諭に対する校長の職務命令を合憲とした。ただし同判決はピアノ伴奏についての判断であり、斉唱時の不起立などへの判断は今後の問題ともいえる。また藤田宙靖裁判官が「君が代の評価は国民の中で大きく分かれている。斉唱強制は信念への直接的抑圧」と反対意見を述べたことも注目された。
このような微妙な判例状況の中で、都教委が強硬な態度を取り続けていることには驚かされる。教育現場ならば人権侵害の疑いが持たれるような行為を厳に避けるのが、あるべき姿ではないか。今回の被処分者の一人は、都教委が目指す教育について「都教委のイデオロギーを一方的に注入する、調教・洗脳行為」と評した。教育現場から少数派の教職員を排除した先に何が起こるのだろうか。
日弁連は二月に意見書を発表し「公立学校の現場においては教育上の指導の域を超え、不利益処分をもって国旗・国歌を強制していると評価し得る状況がみられる」と強い危機感を表明。各都道府県と市区町村教育委員会に対し、国歌斉唱などの強制や、不起立などを理由とする不利益処分を行わないよう求めた。重い指摘である。
神奈川では君が代斉唱時の不起立などを理由にした教職員の処分は行われていない。しかし、県教委は各学校長に不起立の教職員の氏名報告を求めるなどしており、今後の動向が懸念される。
日の丸・君が代は、国旗・国歌として多くの国民に受け入れられている。しかし、過去の戦争との関係などを理由に強く反対している人々がいるのも事実だ。そのような少数派の人々の人権を尊重してこそ、自由な民主主義社会である。学校は価値観の異なる人々が互いを尊重し、協力し合う態度を学ぶ場に戻るべきである。
2007/4/7(土)
ちょっと立て込んでいたので、更新が滞ってしまい、申し訳ない。
でも、blogのほうは毎日更新しているので、「存在証明」にはなっているとは思うが。
このところ、土日もずっと作業の日が続いていたが、今日は久しぶりに「オフ」ということにして、前から見たかった美術展を見に行く。
感想は、気が向いたら書くかもしれない。
でも、美術って、本格的に美術評論とかをやったことは無いので、「凄い」とか「美しい」の羅列にしかならないんだよねー(^^;
そのへんで我が身の教養の無さを情けなく思う。
2007/4/1(日)
ちょっと殺伐とした話題が多いので、今日はなごむヤツを。
●六義園の桜-枝垂れ桜と染井吉野
●武蔵小杉の桜-染井吉野
2007/3/31(土)
これ、数が半端じゃなくなっているんだけど(^^;;
それだけ「反発する人」が多いという現実を何だと思っているんだろうね。
後に「平成の大粛正」とか呼ばれたりして。
「君が代」不起立、最高で停職6カ月 都教委処分 (朝日新聞)
今春の東京都内の公立学校の卒業式で「君が代」斉唱時に起立しなかったなどとして、都教育委員会は30日、教員35人を懲戒処分したと発表した。このうち町田市立中教諭の根津公子さん(56)は、懲戒免職に次ぐ停職6カ月。都教委は03年10月に起立斉唱を義務づける通達を出しており、94年以降の卒業式で不起立を理由に処分を受けた教員は延べ314人となった。
都教委によると、処分者は昨春より2人増えた。不起立を繰り返すほど処分は重く、今回初めてだった20人が戒告、2回以上繰り返した12人を減給とした。通達以降、不起立を続けている根津さんのほか2人が停職になった。戒告を受けた20人のうち、定年後の再雇用選考に合格していた2人は合格を取り消した。
06年に受けた停職処分の取り消しを求めて東京地裁で係争中の根津さんは、「覚悟はしていたが余りに重い。次は免職かもしれないが、教員生命をかけて強制に反対していきたい」と話した。
2007/3/30(金)
●女性からの好感度No.1のスーツの色は?
- 黒系
- チャコールグレイ系
- 紺系
●OLが好きなネクタイの色、5人に1人は「紺」
- 紺
- 青
- ピンク
●ワイシャツの色、OLの好みは?
- 白
- 水色
- ピンク
これってどうよ?
まあ、あれだ。黒系のスーツに白のワイシャツはわかるのだが、それに紺のネクタイってアリ? 紺系のスーツに紺のネクタイ、水色のシャツはナシだよね?
上位はわかるのだが、男の子としては、「萌えるコーディネート」を教えて欲しいような気が……。
2007/3/29(木)
危険なので食玩には手を出さないようにしているのだが、これは目にした途端に衝動買いしてしまった。
フェンダーギターコレクション
し・か・も、最初に出てしまったのがストラトキャスターの'57モデル!!
一番最初に凄いのが来てしまったので、これは危険だ……。ただ、残念なのは、カラーがブラックモデルではなく、サンバーストという点なのだが……。クラプトンが使ったブラッキーが出るまで粘るのか、それともここで引いておくのか……。
悩ましい……。
でも、「ブラッキー」って、本当に憧れたんだよなぁ……。
2007/3/28(水)
あちこちのblogで、人力検索はてな「SFの世界に飛び込もうとしている私に入門用べストテン(別に10でなくてもいいです)を教えてください。」が話題になっているが、私が気がついたときには回答期限が過ぎていた(^^;;
でも、何となく書いておきたいので、「ロシア・東欧・中国SF入門ベスト10」を勝手に挙げてみる。
まあ、この世界、絶版も多いが、Amazonのマーケットプレイスで何かと買えるので、興味のある方はがんばって!!
- ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」
- ストルガツキイ「トロイカ物語」
- レム「ソラリス」
- チャペック「R.U.R」
- ゴーゴリ「狂人日記」
- ザミャーチン「われら」
- エレンブルグ「トラストDE」
- 老舎「猫城記」
- ペレーヴィン「虫の生活」
- エフレーモフ「丑の刻」
異論・反論は当然あると思われるが、こんなもんでいかがっすか?
あー、でもエンジニアリング関係が少ないなぁ。ダメじゃん(^^;;
でも、理科系だったら、「ソラリス」と「R.U.R」、「丑の刻」は必読だと思うな。
あ、あと、映画でやったらどうなるかなぁ。ちょっと挙げてみよう。
- 「ストーカー」
- 「死者からの手紙」
- 「日陽はしづかに発酵し…」
- 「不思議惑星キン・ザ・ザ」
- 「アデラ/ニック・カーター、プラハの対決」
- 「アエリータ」
- 「サクリファイス」
- 「ナイト・ウォッチ」
- 「ピルクスの審問」
- 「火を噴く惑星」
ここに入れなかった「惑星ソラリス」って名前だけは有名だけど、タルコフスキイ作品の中でも「駄作」の部類に入るとしか思えないんだよねー。
実際のところ、ストルガツキイ作品の映画化は成功作もあるけど、レム作品の映画化って、良い出来の作品が無いんだよね。「ピルクスの審問」がかろうじて及第点っていう感じ。
しっかし、2ちゃんねるとかmixiの某所、人のことを好き放題いじってくれちゃっているよねー。しかも、何の根拠もない憶測と伝聞で(^^;;
言い返したいけど、降臨したら後が怖そうなので放置してるけどさー。前にそれやって散々怒られたし。
まあ、いじられているうちが華だと思うことにしておきませう。
2007/3/27(火)
面白いので早速保存。偶然って、ホント、すごいよねー。
2007/3/26(月)
深刻なものだったり急を要するものだったりといろいろな所用が続いているので、このところ眠る時間が遅くなってしまっているし、休んでいる暇があまりない。
本当なら、ゆっくり休んで身も心も入れ替えて取りかかったほうが良いのだろうが、性格的になかなかそうも行かない。
もう予告が出たので公表しても構わないと思うのだが、Михаил Веллерの短編"Хочу в Париж"とВадим Шефнерの短編"Фиалка молчаливая"の翻訳が来月発売のSFマガジンに掲載される。それに付随して版権交渉の連絡を送ったのだが、なかなか返事が来ないので、それがストレスになっているのだと思う。
この「ただ待っている」というのは、その間に自分では何も手を打つことができないので、必要だけど骨の折れる作業だと思う。向こうもサボっているとは思えないので、この時間は決して無駄では無いのだが、私は頭の切り換えが苦手なので、どうしても気になってしまって他ごとが手に付かないのだ。
やはり、せっかくの発表の機会なので、誰にも迷惑をかけないよう、万全を期したい。そう思う完璧主義が自分の首を絞めるのだが、わかってはいても止められない我が身の愚かさよ。
2007/3/23(金)
所用があって某国大使館に連絡。
半日粘ってやっと電話が繋がったものの、用件を伝えたところ、「FAXか電子メールでお願いします」と冷たく言われて切られた。(-_-;)
まあ、小さいところなのでみんな忙しいのはわかるのだが、「お前、それはないだろう」と思ってしまった。話せば一分で済む話だということはわかっただろうにね。
あまりそうは思いたくないが、「市役所と同じレベル?」と感じてしまったよ。あううううう。。。
2007/3/22(木)
ポーランドを代表する、というか世界を代表するSF作家として"Stanisław Lem"が挙げられるが、ポーランド語では"ł"(エウ)を"w"と発音し、"w"は"v"と発音するので、この人の名前は「スタニスワフ」が正しい。
そこで問題なのだが、"ł"はラテン文字では"L"に、キリル文字では"Л"に翻字され、"W"はラテン文字ではそのまま"W"に、そしてキリル文字では"В"になるため、この人の名前は英語では「スタニスラウ(Stanislaw)」に、ロシア語では「スタニスラフ(Станислав)」になってしまう。
日本でも、ちょっと前までは「スタニスラウ」とか「スタニスラフ」と書かれていたが、その理由は、紹介がポーランド語から直接ではなく、英語やロシア語経由で行われていたという事情による。
ちなみに、同じ名前でも、ピアニストのブーニンは、"Станислав Бунин"なので、「スタニスラフ」で正しい。
しかし、レムの名前のほうは、もう混乱しまくり(^^;;
試しにGoogleで検索してみた結果は以下の通り。
- スタニスラウ レム の検索結果 約 16 件
- スタニスラフ レム の検索結果 約 9,260 件
- スタニスワフ レム の検索結果 約 110,000 件
最近でこそ直ってきたので「スタニスワフ」のほうが多いが、一度混乱した表記はなかなか直ってくれないし、あとで苦労する。
何でいきなりこんな事を書き始めたのかというと、今現在、名前の表記方法でちょっと悩んでいたりするので。
最初にしくじると混乱が起こるという例を考えてみた。
2007/3/21(水)
また消えないように全文保存。
教育と洗脳は紙一重。手段は同じ。でも目的が違う。
だから、慎重に行わなければならない。
教育は、特定の思想から「自由」でなければならないし、教育を受ける者が「自由に考える力」を身につけられるようにしなければならない。
私は、そう考える。
君が代問題:町田の市立中卒業式、斉唱で教諭が不起立 /東京 (毎日新聞)
町田市内の市立中学校19校で19日、卒業式が行われた。同市立鶴川第二中では、教育現場での「日の丸・君が代」の強制に反対している根津公子教諭(56)が君が代斉唱の際に「不起立」の姿勢を貫いた。
都立学校の教職員ら401人が君が代斉唱の義務がないことの確認を求めた訴訟で東京地裁は昨年9月、「君が代斉唱の強制は違憲で都教委の懲戒処分も裁量権の乱用」とする判決を下した。だが、都教委は控訴中を理由に「処分基準は変わらない」という考えを示し、重い処分も予想される。根津さんは他の教諭と20日、今後の懲戒処分の事前差し止めを求める訴えを、同地裁に起こす予定だ。
根津さんは「教育の場に政治権力が介入することは許されない」と訴えている。
2007/3/19(月)
PCにばかり向かっている私に対し、同居人が「このGoogle野郎!」と言った。Googleは現在のビッグブラザーであると思っている私はかなり落ち込んだ。
確かに、一日のうち大半の作業をGoogleのサービスでこなしているからねぇ。Google Docsを使い始めたら、ますますGoogleから外に出なくなってしまったし……。
2007/3/18(日)
故・深見弾先生が言っていた。
ロシア語の翻訳で最も悩むのは、人名や地名と言った固有名詞の翻訳です。
と。
はい、まったくもってその通りだと思います。orz
2007/3/14(水)
私は、ガンダムが大好きだ。
私は、川崎フロンターレが大好きだ。
だが、↓の企画だけは全く賛同できない。というか、全くの意味不明。
私のような「両方好き」という購買層を狙っているのだろうが、残念ながら興味が持てない。
この企画を考えた方々の意図がわからない。
『フロンターレmeetsガンプラ』販売のお知らせ
昨シーズンから(株)バンダイ様と共同で実施している『フロンターレmeetsガンプラ』。今シーズンはさらに盛り上がる企画を展開!!等々力競技場限定で選手セレクトのガンプラをフロンターレミーツガンプラブースで販売致します。
2007/3/12(月)
電話が鳴ったので出てみたら、テレビ局による電話での世論調査だった。あ、本当にやっているんだね。新聞社がやっている選挙の出口調査は何度か受けたことがあったので、「ちゃんとやっているんだなぁ~」と納得していたが、電話での調査もちゃんとやっているんだね。(新たなる驚き)
あとは、ビデオリサーチの視聴率調査に参加してみたいのだが……。これに協力している人の話は聞いたことがないので、長年にわたって疑問に思っているのだが……。
どうも、統計とかで示される結果報告って、信用できないんだよねー。
2007/3/11(日)
矛盾しているように思われるかもしれないが、「兵器」は大嫌いだが、「武器」は好きだ。
戦車とか戦闘機は「兵器」なので嫌い。銃や刀は武器なので好き。
これが何に由来しているのか、考えてみた。
結局、「習練」とか「術」、「道」に惹かれているのだろう。
武道やスポーツなどに昇華できる、扱う者の精神性までも鍛えられる道具だからこそ、好きなのかもしれない。
元来、刀は人を斬る道具で、ひとたびバッサリとやったら、周りが血まみれになる物騒なものだし、弓だって非常に大きな苦痛を与える武器だ。しかし、刀は剣道や居合い、抜刀道、フェンシングなどへと昇華されているし、弓は弓道やアーチェリーへと昇華されている。銃だって、非情な武器なのだが、スポーツ化された射的競技は立派なものだと思う。
これが兵器の場合には、なかなかそうは行かない。確かに戦闘機操縦の熟練とか、アクロバット飛行などはあるが、一般の人が手軽にできるものではない。「ミサイル発射道」とか「バルカン砲射的競技」などというスポーツなど、どう考えてもできるはずはないし(^^;;
熟練した術者による武器の演武はとても美しい。本来は人を傷つけるという目的から発生したものだったかもしれないが、技を磨き、同時に精神性を高めるという目的に転化されたものだから、そこに凛とした緊張感と調和の美を感じるのだろう。
これは、私が、もともと人を傷つける、または護身するという目的で創り出された「徒手武術」に入れ込んでいるからこそ、得られた感覚なのかもしれない。
そういうわけなので、私が反戦主義者、非暴力主義者であるということと、武器術や武器に惹かれる、そして徒手武道をやっていることが矛盾せずに同居してしまっているのかもしれない。
やっぱり、所詮、道具は道具にすぎないのだと思う。扱う者の「心」や「精神」のほうが重要になのだと考える。
武器は状況に応じて使う・使わないの選択が可能なものだ。しかし、兵器が使われる状況は、「戦争という絶対に使わざるを得ない時」だ。そこに使う・使わないといった選択の余地はない。兵器に精神性は宿らないだろう。
兵器に対して負の感情を持ち、武器に対して正の感情を抱く理由は、この点なのかもしれないと愚考してみた次第。
2007/3/10(土)
最近では、アメリカ映画の評判に関して最も信用できるのがロシアのサイトとか雑誌だという事実(^^;;
実際、アメリカの映画評は「オレの国の映画が一番だぜぃ!」と思っている人達が書いている場合が多いし(決してそればかりではないが)。
そして、日本の映画評は、この頃になって特に増えてきた「ゴミCG映画」とか、「劣化リメイク映画」を無条件に持ち上げるものばかりなので、あまり信用できないし(営業上の理由はわかるが)。
それとも、私の感覚が最近の作品に対して反応しなくなっている、つまりは鈍くなっているということなのか? それだったら嫌だなぁ……。
2007/3/9(金)
いや……出勤している訳ではなくてタイムトラベルと戦闘に使っているんだけど……。
しかも主役はどうもニートらしいから通勤も無いし。
2007/3/7(水)
訃報。
言葉が続かない。
関連した話がいろいろと出てくると思われるが、決まり次第、関係各位にご連絡差し上げます。
2007/3/6(火)
川内康範氏には、マル暴さんとの関わりとか、右翼の大物とか、ブラックなイメージはあるが、極左の私でもそう嫌いではない。
氏の製作した「レインボーマン」、「ダイヤモンド・アイ」、「コンドールマン」などは非常に「良い意味での憂国」のメッセージが込められていて、私は大好きだ。
この世代の筋が通った右翼は、正義感・倫理観を押し通す傾向が強く、「公の利益」を考えるというベクトルでの「憂国」であり、実質的には反体制の側にいるので、言っていることが理解できない訳ではないのだ。そのへんが、今のいい加減なネットウヨクとか嫌韓厨とは違うところだ。
だいたい、小林よしのりとか、鈴木邦夫といった「筋金入りの右翼」が右翼論壇から追放処分を受けているというのは、異常事態だ。
いかに今の右翼が酷いのかが良くわかる。
その筋金入りの右翼である川内氏のメッセージを見つけたので紹介する。引用・編集は私が判断した。
川内康範氏、独占手記「森は歌の心がわからない」 (ZAKZAK)
戦後60年余り、日本は本当に殺伐とした国になってしまった。物質万能の世の中になり、義理も人情も薄れた。愛も正義も廃れてきた。親の子殺し、子の親殺しまで起きている。実に悲しいことだ。
今回の一件は、日本人が常識を失い、心が崩壊しつつある象徴的な出来事かもしれない。
あの歌は、私の亡き母の教えである「無償の愛」「普遍の愛」を、小説やシナリオとともに、作家として可能な限り込めた心骨である。
隣人を愛し、社会に献身せよ。これが、無償の愛、普遍の愛だ。森がセリフで加えた「いけない息子の僕でした」というのは個人的な母への心情であり、志がまったく違う。
それにしても、日本にはいつの間にか、森のような自己中心的な人間が増えた。
日本人はかつて倫理観や道徳観に優れ、豊かな人間性を世界に誇っていた。何よりも名誉を重んじ、貧困より正直さを選ぶ国民性を持っていた。
それが第二次世界大戦で敗れ、戦後、経済発展だけを目標に邁進してきた結果、「自分さえ良ければいい」「儲けるヤツが正義」といった利己主義や金銭万能主義が蔓延した。常識が欠落し、心が崩壊したおぞましい人間ばかりが増えてしまった。
むき出しの欲望がぶつかり合うような、殺伐とした世の中では国は滅びる。義理や人情、愛や正義が無くなれば、この世は闇だ。私は歌で日本を再生させたい。これからも、人々にやすらぎを与えるような歌をつくっていきたい。
2007/3/5(月)
消されないうちにコピーして保存。強調部分には全面的に同意。
君が代伴奏命令 合憲判断は出たけれど (東京新聞 本日付社説)
卒業、入学シーズンを迎えて、入学式で君が代伴奏を音楽教諭に命じた校長の職務命令は合憲との判断が最高裁で示された。判決を盾にした国旗国歌の起立斉唱の強制は疑問だし、望ましくもない。
この教諭は東京都日野市立小学校に赴任した一九九九年に入学式で君が代斉唱のピアノ伴奏を命じられ、拒否したため戒告処分になった。
教諭の主張は「アジア侵略と結びついた君が代を公然と歌ったり、伴奏することは思想・信条からできない」「子どもに歌わせることもできない」などというものだ。校長の職務命令は憲法一九条で保障する思想・良心の自由を侵害するとして処分取り消しを求めて訴えていた。
最高裁判決は、この学校では数年前から音楽教諭による伴奏が続けられていた経緯を認定したうえで、職務命令は「特定の思想強制や告白強要ではない」「児童に一方的な思想を教え込むものでもない」として、憲法一九条に違反しないと判断した。
九九年の国旗・国歌法の成立以降、全国で起立斉唱などを拒否し懲戒処分を受けた教職員は延べ五百三十五人で、東京都が延べ三百三十八人と突出している。都教委は最高裁判決に勢いを得て「今後も毅然(きぜん)として対応する」と述べているが、果たしてそれでいいだろうか。
都教委の通達による職務命令・処分を違憲・違反とした昨年九月の東京地裁判決は、今回のピアノ伴奏行為とは異なり、国旗掲揚から起立斉唱の仕方まで現場の裁量を許さないほど事細かに命じた通達が強制に等しいことを問題にしたものだった。
また、最高裁判決も裁判官五人の一致による明快な判断というわけでもない。「君が代伴奏が信条に照らして極めて苦痛であり、それにもかかわらず強制が許されるかどうか」が“真の問題”とした反対意見も無視できない重要な指摘だ。
国旗・国歌法の成立当時に小渕恵三首相は「内心にまで立ち至って強制するものではない」と国会答弁している。国旗・国歌は強制によるのではなく、自主性に任せるというのが合意だったのではないか。
強制や処分は本来教育の場にはなじまない。都教委は違反回数により戒告、減給、停職と順に重くし、再発防止研修を受講させており、苦しんで体調を崩す教職員や板挟みに悩む校長もいる。式典の最中には君が代の声調調査までしている。こうした事態は異常ではないか。
何より児童生徒によい影響を与えないはずだ。晴れの卒業式や入学式を曇らせたくはない。
2007/3/4(日)
またまたmixi日記の転載で申し訳ないが、甥っ子が知りたいというので。
「獣拳戦隊ゲキレンジャー」のメンバーは拳法の使い手という設定なのだが、こういう番組にしては珍しく、アクションがしっかりしている。
何と、棒やトンファー、三節昆の使い方が正しいのだ。これは驚き。きっと、中国武術をやっている人が監修しているのだろう。
ただ、ヌンチャクの使い方がやっぱり違う。これはリー様の影響で振り回す使い方の方がメジャーになってしまったからだろう。本来、ヌンチャクはブンブン振り回すだけじゃなくて、受けたり絡めたり突いたりもできる武器なのだが……。
でも、ちゃんとトンファーを一般的にイメージされている逆手持ちだけではなくて、本手持ちや特殊持ちでも使っているところには感心した。
いや、他の番組が、「見せるアクション」中心になっちゃっていて、武術考証に甘いというだけの話なんだけどね。
あと、ゲキイエローの福井未菜ちゃんも日本拳法をやっているというだけあって、直突きが様になっているのも良いね。
#調べてみたら、スタッフに「中国武術指導」の人が入っているらしい。やっぱりね。
最近、何かとSecond Lifeが話題だが、果たして日本ではどうなのだろうか。
近頃の流行物というと、何かと手を出したくなる性分なのだが、これに関しては、今ひとつピンと来ないのだ。
コミュニケーションという面で考えると、2ちゃんねるやSNS、blog繋がり、IMなどで散々行われているのだが、それをアバターでライブ感たっぷりで行えるというのは魅力的だ。しかし、既存のコミュニケーションで満足している、または時間が取られているという理由から、手を出さない人も多いかもしれない。
MMOに関しては手を出したことが無いが、プレイヤーに聞いてみるとかなりハマるということだし、愛好者も多いようなので、何の違和感もなくSecond Lifeの世界に入って行けるのかもしれない。
確かに、バーチャル世界でもう一つのリアルな生活を営むというのは非常に魅力的だし、私も入り浸ってしまう可能性はあるかもしれない。だが、時としてIMやSNSからちょっと距離を置きたくなることがあるのも事実だ。
結局、濃密なコミュニケーションって面白いんだけど、時としてそこから離れて一人にもなりたくなるという、ちょっとジレンマを感じる存在なんだよね。ネットなんだから自分から離れて気にしなきゃ良いだけじゃん、とも言われるのだが、どうもその辺の切り分けが上手くできない性格なので、事はやっかいなのだ。
だから、Second Lifeに関しても、実際にやってみるまでわからないなー。
じゃあ、英語版でも日本語版βテストでも参加してみりゃあ良いじゃないかという意見もあるだろうが、いまいちピンと来ないし、逆に危険性も感じているので、しばらく様子を見てから参加してみるつもり。
というわけで、Second Lifeを始めたら、ここでお知らせするので、構ってやってね(^^
2007/3/3(土)
たぶん、制作途中の不注意で残ってしまったのだと思うのだが、安倍首相の公式サイトに謎のUNIXコマンド列が出現したので、さっそく保存。
あ~、ラムのコスプレとしては似合っていない部類に入ると思うので、これは無視しようかと思ったのだが、フラビージョ(あ、ハリケンジャーね)のことなので、まあOKというところだろうか。
まあ、本人も、戦隊シリーズには思い入れがあるみたいだし。
あからさまにヲタク市場におもねっているタレントは好きではないが(「時東ぁみ」とか)、しょこたんとかあずちゃんなら、何をやってもOKっていう感じがするね。
2007/3/2(金)
毎日言い訳するのも女々しいので、今日は別のネタ。

AdSenseは正確に仕事をしているのだが、何となく笑ってしまったので。
2007/3/1(木)
ゲキイエローさんに、私からのメッセージを伝えて貰います。

まじめな話、これまで、〆切を延ばした事は一度も無いのだが、今回はなぜか立て込んでしまって後手後手になってしまっている。
みなさん。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。